エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
滞在中のホテルへ戻る道すがら、俺は例のアジア系スーパーへ足を向けた。
もしかしたら夏乃子がいるかもしれない、と想像する。子供を――あの店員にそっくりな子供でも抱いているかもな、などと昏い想像をしながら。
でもそれならば喜ぶべきだ。
彼女はあの最低な家族から救われて、幸せな妻に、母になっているはずだから。
二年前と変わらず、スーパーにはあの店員がいた。リアム、と呼ばれていた白人の大柄な男性だ。俺を見つけた彼は何度か目を瞬いたあと――信じられないほど険しい顔で俺を睨みつけた。
「それがこの店の客に対する態度なのか?」
「オレの大事な友達を傷つけたクソ野郎を視界に入れてやるだけ幸いに思えよ」
俺は眉を上げた。
「その友達というのは夏乃子のことか? 彼女はいま――」
君のなんなんだ?
その質問は喉が詰まったかのように出てこない。決定的な事実を知りたくない。
俯いた俺に、リアムは「なあ」と声を顰めて呟いた。
「あんた、なにも知らないのか」
「なにも、って――なんだよ」
「カノコのことだよ!」
彼のあまりの焦りように、胸がざわつく。
「すまない、本当に分からない――二年前、連絡が取れなくなって。てっきり、俺は」
「てっきり、なんだ?」
「俺は……夏乃子は君を選んだのだと」
リアムは目を瞬いた。それからブルーグレーの綺麗な瞳が細められ「どうして」と信じられないことのように言う。
「オレと彼女は友達だ。妹のように思っていたけれど――」
「じゃあなんで、彼女を抱きしめて」
「抱きしめるう? あんた、なにを見たか知らんけど、日本じゃ友達をハグしないのか?」
「ハグ――にしては」
言葉を濁す。お互いしがみつくように抱きしめ合っていたふたり。
「もしかして、あのときのか」
「……あのとき、って」
「言ってないのか、カノコは。オレはあのとき、言うべきだって言ったんだ。カノコは泣いてた。だから慰めるために抱きしめただけだ」
「だから、なにを」
「カノコは――カノコは、そうだな、オレでもあんたでもない別の男を選んだんだ」