エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
ふ、と呼吸を整えながら聞く。
赤ん坊はもう一歳を過ぎているだろう。
「会いに行ってどうする?」
「決まってる」
息を整えながら続けた。
「全力でプロポーズする」
リアムはポカンとしたあと、思い切り苦笑した。
「カノコもあんたにこれだけ愛されてるって分かっていたからこそ、逃げたんだろうな」
「……重いってことか?」
「違う、負担になりたくなかったんだ」
リアムははっきりと言う。
「彼女は――あー、オレも詳しくは知らないが……なにか事情があってあんたには相応しくないと言っていた。すごく美人なのに容姿にも自信がなくて……時々苛つくくらいに。でも多分、それは」
リアムは口籠もってから続ける。
「……家族から、虐げられていたから?」
推測を口にすると、リアムははっとして頷いた。
「知っていたのか。どうして助けてやらなかったんだ? あの性悪クソババアと、夏乃子と父親違いのアバズレシスターのこと。下品だって、この辺で有名なんだぜ。貴族なんて今どきなんの自慢にもならないのに鼻にかけて威張り散らして。みんなカノコに同情してた」
「さっき――さっき知った」
言い訳だ。
調べようくらい、いくらでもあったはず……。
「夏乃子……」
「アバズレのほうは昨日ここで食材買い込んで行ったぜ。ギャーギャー騒ぐもんで朝からうちの店員が飯作りに行ってた」
「飯?」
「ニクジャガ? あとミソスープな。なんかそういうやつ」
呆れ返って表情も作れなかった。それを俺に食べさせる予定だったのか。
「あいつらは夏乃子の行方を知っていると思うか?」
「どうかな……ああ、カノコもばーさんも、ふたりともトーキョーだよ」
リアムがぽつりと言う。
「少なくとも、最後に連絡があったときはトーキョーに住んでた」
その言葉に眉を寄せる。
「……今は?」
「連絡がない。この写真が送られてきたのを最後に途絶えた。フリーアドレスだしな」
それ以上のことはリアムも知らないようだった。
「なあユーゴ。変につついてあのアバズレ母娘の関心をカノコに向けるのだけはやめてくれ」
リアムはそう言った。
「アバズレ母娘はさ、ばーさんがいなくなって清々してるみたいなんだ。ばーさんがいなけりゃ、好きにあの家の資産を使えるからな。だから行方に頓着してない。けどもし、あんたが関わったことで赤ん坊の存在を知ったら、なにをしでかすか分かったもんじゃない。あいつら頭までクソなんだからさ」
穏便に「クソ」と和訳することにした放送禁止用語に頷きつつ、俺は滞在予定を切り上げて帰国の途についた。
ブルートゥースで送ってもらった赤ん坊の写真を眺めながら、飛行機の窓から光る雲を眺める。今頃はもう歩けるようになっている? ママ、くらいは言えるのだろうか。
彼は――俺のことをいつか「パパ」と呼んでくれるだろうか?
見つける。
見つけ出す。
見つける、と決めたのはいいが東京だけで千四百万人が日々暮らしている。それに夏乃子がリアムに分かりやすいように「東京」にいると言っただけで、実際は埼(さい)玉(たま)や千(ち)葉(ば)……つまり東京都市圏のどこかに在住している可能性もある。
それどころか、既に転居している可能性も……。