エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
日本に到着して、まず驚いたのはおじいちゃんが空港に迎えに来てくれていたこと。おばあさまが手配した代理人さんに、全てを聞いたらしい。――そうして謝られた。おじいちゃんのせいじゃないのに、泣きながら、「お前に辛い思いをさせた」と何度も何度も……。
私も泣いた。泣きじゃくった。心配をかけたことが申し訳なくて、すっかり痩せたおじいちゃんを見て苦しくてたまらなくて――。
『帰っておいで、夏乃子。全部、そのままにしてあるから』
そうして、おじいちゃんの家での暮らしが始まった。当初は半年ほどで帰国する予定だったおばあさまは、おじいちゃんの『どうか一緒に夏乃子を支えてほしい』という説得で日本に留まることになった。最初はどこかよそよそしかったふたりだけれど、時間が経つにつれ打ち解け、おばあさまを愛称の「トリクシー」と呼ぶまでになっていた。
かつて刑事だったおじいちゃんは、外国人相手の捜査を長いこと担当していた関係で、かなりブロークンだけれど若い頃から少し英語が話せた。
その縁で亡くなった祖母とも結婚したのだとは聞いている。
イギリス人だった祖母は、通訳の仕事をしていたのだ。何度か取り調べの通訳を担当するうちに、おじいちゃんに情熱的にアピールされたらしい。生前『仕方なく結婚してあげたの』と笑っていた。
いつしかそんなおじいちゃんに日本語を教わるようになったおばあさまは、廊下でつながっている古くて小さい別棟を、すっかり自分好みに改装して暮らしだしていた。
そうしているうちに、お腹はぱんぱんに大きくなって、何度もお腹や肋骨を蹴られて、やがて月満ちて、産まれた。
産まれてきてくれた。
愛おしい、なによりも大切な私の赤ちゃん。
大好きで、誰より愛している人の子供。
生まれたばかりの彼を見て、私は思わず笑ってしまった。だって勇梧さんにそっくりだったんだもの。
経済的なところでは、おじいちゃんとおばあさまに甘えて過ごしている。おばあさまは『息子には知られていない多少の隠し資産がある』とのことで、いつか返さなければと思いつつ、すっかり頼ってしまっていた。
『なにを言っているの、あんなに苦労させたのよ? わたくしの介護に、家事に……少しは返させて』
おばあさまはそう言ってくれているけれど。
とはいえ、慶梧ももう一歳。そろそろ仕事先を探さないといけないのだけれど……。
「おーい夏乃子、慶梧、大きいのしてるぞ」
「わ、おむつ替えるとするんだよね」
日本語でそんな話をしていると、横でおばあさまがくすくすと笑う。話すのはおぼつかないけれど、日本語のリスニングはすっかりできるようになったらしい。
おばあさまと顔を見合わせて、笑い合った。
それから一週間後、ララから何度もおばあさまの携帯に着信があった。
「ええい、うるさいわね。番号変えてやろうかしら」
「そんなことをしたら、息子さんが流石に探しに来られるんじゃないですか」
おじいちゃんが少し硬い声で言った。
「それはそれで面倒ね……もうあんな家には帰りたくないし」
おばあさまは眉を寄せ、ガラス容器に入った素麺を器用にすする。
「でも、どうしてこんなに連絡を……まさかお母さんになにか」
ハッとしてお箸を握りしめてしまう。おじいちゃんとおばあさまが悲しげに眉を下げた。
「……心配なのかい、夏乃子」