エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
おじいちゃんの言葉に曖昧に頷く。するとおじいちゃんは小さくため息をついて続けた。
「夏乃子が傷つくと思って内緒にしていたのだけれど……夏乃子がロンドンに行ってすぐ、連絡があったんだ。貯金している学費、それをこっちに寄越せって」
「……え」
「大学の費用が浮いたんだからありがたく思えとも言われたな。てっきり夏乃子のあちらでの学費になるもの、と送金したのだけれど……」
私は目線を素麺に落とす。それがなんに使われたのかは、明白だ。母とララの豪奢な生活の資金の一部。
「正直なところ、あの人は夏乃子を産んだだけの人だよ。母親とは違う。夏乃子、もう分かるだろう? 自分が母親になったのだからね」
窓の外では蝉が鳴いていた。すぐ横のお昼寝布団では、慶梧がすやすやと眠っている。
寝顔を見ていると、幸せだけを享受して生きていってほしいとつい願ってしまう。
これから彼が対峙する苦しみや悲しみは、全て私が代わりに背負いたいと思うほどに。
だから、分からない。
あそこまで私を憎むようになったのは、私が悪かったんじゃないかって――いまだに思ってしまう。
それはまだ、私が母とララの呪縛の中にいる証拠なのだろうとは思うけれど……。
「……わたくしが悪いんです」
英語でおばあさまが言う。
「わたくしが。すぐにカノコをこちらに返すべきだった……!」
「おばあさま、私が言っていなかったのですから」
私が粗雑な扱いをされているのは知っていた。けれど給料を全て巻き上げられているような状況だったとおばあさまが知ったのは、日本に着いてからだった。
慌てておばあさまの手を握る。冷たくなった指先が柔らかく私の手を包み込んだ。
「それに、すぐに帰っていたら慶梧に会えませんでした」
「そうですよ、トリクシー。、僕とあなたも会えていない」
おじいちゃんのちょっと熱の入った言葉に、おばあさまはグレーがかった緑の瞳で微笑む。私はちょっとむず痒い。多分、このふたり、そのうち恋人になるんじゃないかなあ……。