エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
「夏乃子」
他に言葉は出なかった。
彼女の顔がぐしゃぐしゃになって、そんな顔すら綺麗で愛おしくて、ただ抱きしめる。
ああ、戻ってきた。俺の最愛。
なぜ俺はあのとき諦めたりなんかしたのだろう、リアムに抱きしめられている夏乃子を見たとき――忘れられるはずなどなかったのに。
「どう、して」
俺の腕の中で見上げてくる夏乃子の大きな瞳からは、ぼたぼたと透明な涙が零れ続けていた。頬を両手で包み込み、そっと涙に口付ける。
「ごめんな」
「……え?」
「俺が、夏乃子が全部曝け出せるような、頼れる男だったら――。ひとりで産むなんて決断、させなかったのに」
「っ……!」
夏乃子の両目が見開かれる。
廊下の向こうから、とてとてと可愛らしい足音――。
「マーマー?」
ハッ、と夏乃子が振り返る。
上がり框の奥にいる、夏乃子の祖父だろう男性に頭を下げた。そうして俺も目線を彼の足元に移す。――一歳くらいの子が不思議そうに俺を見上げていた。
幼児特有の、ふっくらした頬、つんとした血色の良い唇。顔立ちは俺そっくりなのに、目元は不思議なほど夏乃子そのものだった。
夏乃子の祖父と目が合う。穏やかな視線に背を押されるように、そっと土間に屈み込み、その子と目を合わせる。
「こんにちは。パパ、だよ。名前を教えてくれないか」
困り顔になった彼は曽祖父の足の後ろに隠れてしまう。もうひとりの足音に顔を上げると、老貴婦人が塩の袋を持って難しい顔をして立っていた。夏乃子の「おばあさま」、元伯爵の未亡人だろう。
「カノコ、塩を撒いたほうがいい?」
美しい上流階級の英語で彼女は言う。しかし、どこで日本のそんな風習を学んだのだろう。
「っ、いいえ、おばあさま。いいえ」
夏乃子が慌てて首を振る。
「いいえ……」