エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
なんの罪もない夏乃子の精神を蝕み、自信と自尊心を欠如させた。すりつぶして摩耗させた八年間。
どうか――それを取り戻す手伝いを俺にさせてくれないか。
愛しているから。
「そんなことどうでもいい。夏乃子」
名前を呼ぶ。そうして手を握る。
「結婚してくれ。お願いだから」
夏乃子が目を丸くする。それから唇をわななかせ、首を横に振った。
「せ、責任を感じているのなら――私が勝手に産んだ、ので……認知も求めたり、しません……から」
「違う」
はっきりと俺は言う。
「違う。愛してる」
夏乃子がひゅっ、と息を呑んだ。
「夏乃子が俺をどう思っているかは、知らない――。けれど、俺は君を愛してる。心の底から。この二年、君を忘れたことなんてなかった。いつも君のことを考えてた」
必死で言い募る俺の頬に、柔らかなものが当たった。子供のふくふくした手のひら――。
「ケイゴ」
夏乃子が息子の名前を呼ぶ。そうか、この子はケイゴというのか。嬉しくなった。「ゴ」の字は俺と同じ「梧」だろうか。
ケイゴは両手で俺の頬に触れ――それから思い切り爪を立てた。
「いっ……!」
「こら! ご、ごめんなさい。悪気はないんですけど」
キャッキャとケイゴは夏乃子の膝の上から身を捩り抜け出した。それから俺の前に立ち、心臓が蕩けるような笑みを浮かべたあと、きゅっとシャツを掴む。
「アッタ」
ハテナマークでいっぱいになる。あった?
「コレ、コレ」
ぐいぐい引っ張られ、居間の隅に連れていかれる。そうして「コレ」と指差したのは、木製のおもちゃだった。スロープになっている板が四つ縦に並んでいる。スロープに車を走らせると、隅まで行って次のスロープに落ちる仕組みだ。
「あ、一緒に遊びたいってことだと思います……」