エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む

 ぎゅ、と夏乃子が膝の上で拳を握りしめる。明らかに嘘と分かる声のトーンに、胸が痛い。

「意地っ張りで申し訳ないですな。そうだ、昼はまだでしょう。食べて行くといい」

 そう言って筒井さんが立ち上がり居間を出て行く。しばらく黙っていた未亡人が立ち上がり、ゆっくりと俺たちの前にしゃがみ込む。

「ケーゴチャン、この人、好き?」

 ややおぼつかない日本語で、彼女はケイゴに問う。

「好きナ人、ハーイ」
「ぁいっ!」

 意味も分からずだろう、舌足らずな発音でケイゴは手を上げた。

「おばあさま」

 夏乃子が腰を浮かす。
 未亡人は振り向き「カノコ」と優しい声で言う。そうして美しい英語で続ける。 

「好きじゃなくてもいいわ。父親としてふさわしいかくらいは見てあげたら」
「違う、そうじゃなくて、私は……!」

 夏乃子は首を振り、そのまま黙り込む。窓の向こうから蝉の声がし続けていた。
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