エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
ケイゴはすっかり懐いてくれて、俺が昼食の素麺を食べているのを、膝の上で眺めていた。麺つゆが注がれた涼しげな硝子の容器に興味津々で、触ろうとするたびに夏乃子に「だめ」と止められる。もっとも本人はどこふく風ですぐに再チャレンジするのだけれど……。
不憫になって、試しに触らせてみたところ、止める間もなく畳の上に叩き落とした。
「え……!?」
驚いた。一歳児って、こんなに俊敏に動くのか?
容器を拾うと、割れてはいないようで安心する。なにか拭くものを借りなければと「すみません」と顔を上げた。
「こら、ケイゴ! わざとでしょう」
夏乃子がケイゴを俺の膝から抱き上げる。
ケイゴは怒られているのは分かるのか、明後日のほうを向いてなんとも言えない表情を浮かべていた。
「ほらこれ」
筒井さんが貸してくれた雑巾で畳の上の水分を吸い取らせるように拭く。そうしながら慌てて夏乃子に言った。
「すまない、俺が触らせたんだ。申し訳ない」
幸い、シミにはなっていないようだった。
「いえ」
夏乃子は困った顔をする。その横で未亡人が笑った。
「頼りのないパパね」
ハッとする。
父親として頼ってもらえるようにならなくては……!
夏乃子は俺から目線を逸らし、ケイゴを抱き上げ立ち上がる。俺も反射的に立ち上がり、彼女たちの前に立つ。
「どうか逃げないでくれ。いい夫に、父親になるから」
夏乃子が戸惑い、目線を泳がせる。綺麗な瞳はグリーンが印象的な濃いへーゼル。
俺たちは向かい合ったまま黙り込む。
硝子戸の向こうでは蝉が鳴く。
ふ、と夏乃子が唇を動かした。
「……ララ」
「ララ?」
「ララの誕生日パーティーにいましたよね。花束を渡して仲良さげで……ララ、ララはあなたのことが好きみたいです」