エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
5
「……まさか家を買うなんて」
私は濡れ縁に座り、隣の家を生垣越しにちらりと見た。
九月に入り、夕方の風には秋の色が混じる。昼間は盛夏そのものの暑さだけれど、少しずつ季節は進んでいた。
隣の家が売りに出されたのは、勇梧さんと再会した二週間後のことだった。すぐに買い手がついたとかで、娘さんと暮らすらしいお隣さんは少し慌ただしく引っ越して行って――そうして勇梧さんが言った。
『リフォームするから君の意見を尊重したい』
びっくりして顎が外れるかと思った。家を買ったのは勇梧さんだったのだ。
「いいじゃないか、隣なら安心だ」
おじいちゃんの後押しで、気がつけば隣家は私の希望通りの家にリフォームされることが決まっていた。
決まっていた、というか……。
「……どうしてだろう」
「どうした」
「どうして勇梧さんは私に拘るんだろう。慶梧がいるから?」
なんかもう、頭がぐちゃぐちゃだ。
頭では、足手まといになりたくないって思う。なのに心は彼のそばにいたくてたまらない。
「それもあるだろうが」
おじいちゃんは向日葵のあと、コスモス畑になったそこへ水を撒きながら続けた。
「これ以上、損なわれたくないんだろう」
「――損なう?」
おじいちゃんは静かに言う。
「恋しい人と離れるというのはなあ、自分が損なわれていくような気持ちになるんだ、夏乃子。お前は慶梧のことに必死で、もしかしたら気がついていなかったかもしれん。けれど勇梧くんは――」
「なら、どうしたら良かったの」
私の声が硬くなる。
「身分違いの私が、お荷物にしかなれない私が、彼のそばにいることを望んでいいとは思えなかった――!」
「身分ってなんだ、夏乃子。そんなもので人を区別するような人間に育てた覚えはないぞ、じいちゃんは」
言われて目を丸くする。
「えっ、……と。でも」
風が吹く。まだ真夏の風が、コスモスの蕾を揺らす。アキアカネが風に乗りゆったりと飛ぶ。
身分? そんなものに、私はいつから固執して――?
「そ、れに。誰かを惹きつけるような魅力も……そう、なにも、私には」
私は人より劣っていて。
迷惑で足手まといで――。
「いつからだ? 夏乃子、よく考えなさい。いつからお前はそんなに卑屈になった」
「卑屈?」
言われた言葉を反芻していると、おじいちゃんはふっと肩から力を抜く。