エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む

 勇梧さんの自宅は、都内にある駅直結のタワーマンションの一室だった。利便性を考えてのことらしい。

 まだ夕方とまではいかない午後三時半。ベランダへ続く窓からは、秋になりかけの金色の陽射しに照らされる街並み。

 家具はどれもシンプルなものだけれど、どれも一目で高級なものだと分かる。高級品にこだわりがあるというよりは、単純に長く使えるものを選んでいるような印象を受けた。

 そしてそのうちのひとつ、ガラス製のローテーブルに山のように積まれた本に私は目を丸くして一冊を手に取る。『新米パパが読む本』――ぱらり、とめくるとお風呂の入れ方だとか、月齢別の遊び方だとか、病気のときのホームケアだとか、そういう普通の育児本だった。

 普通と違うのは、さまざまなところに蛍光ペンで線が引いてあって、付箋が参考書のように貼ってあること……。

 他にも『幼児食入門』だの『一歳へのおすすめ絵本』だの『男の子の育て方』だの……私はぺたんと床に座って、ぺらぺらとめくる。
 ふと部屋の隅を見て、たくさんラッピングされた箱があることに気がついた。

「……あ、いや、つい買ってしまって」

 キッチンからアイスコーヒーのグラスをふたつ運んでくれながら勇梧さんが言う。

「本ですか?」
「いや、プレゼントも」

 本が積まれたローテーブルの隅っこにグラスを置きつつ、勇梧さんは苦笑した。

「一気に渡すと押し付けがましいかなと、少しずつプレゼントしていたのだけれど」
「……そうだったんですか」
「本も……その、勝手に読んでいるだけだから。意見を押し付けたりはしないつもりだ。それにあまり役に立たないな。どこにも父親の口に洗濯バサミを詰め込もうとするなんて書いていなかった。空気清浄機のボタンを連打するとも」
「……はい」

 私は本を置き、笑いながら思う。
 勇梧さんは、ちゃんと「父親」になろうと、「父親」であろうとしてくれている。いきなり自分には子供がいると知らされたにも関わらず。
 なんで?
 一瞬疑問に思うけれど、答えは分かってる。
 彼は私を、私たちを、愛してくれているんだ――心、から。
 ぽたん、と涙が零れていく。
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