エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
「ありがたくいただきます」
「ならその前に慶梧、風呂に入るか」
筒井さんが慶梧を覗き込み言う。
「ママとじいちゃん、どっちと入る」
「……パパに、する?」
夏乃子が少し控えめに言う。俺は目を瞬いた。パパ? 夏乃子が俺のこと、そう呼んでくれたのか。慶梧のパパだって。
「勇梧さんが嫌で、なければ」
俺は急いで頷き、夏乃子から慶梧を受け取った。まだ抱っこさえ不慣れな俺が、風呂なんか入れられるのか――。イメージトレーニングだけは、何度もしていたけれど。
泣かれるかと思っていたのに、案外と慶梧は大人しく俺と風呂に入ってくれた。
……入るまでは大人しかった、と言ったほうが正確かもしれないが。
「慶梧、やめたほうがいいと思う、こら」
あまり俺が厳しくないのは慶梧も学習しているからか、それとも普段からこうなのか、慶梧は手当たり次第にいたずらを繰り返す。
「石鹸をどうする気だ、返しなさい。こら、シャンプーを湯船に入れるんじゃない……あっ舐めるな。飲むな。ダメだ」
「うってぃ、でぃうう」
唇を尖らせ不満げになにかを訴えられるが、分からない。全く分からない。五カ国語理解できるのに幼児語はさっぱりだ。
「分かった、でぃううなんだな。でぃうう」
「ぅっきゅう、こーじょーちょー」
「工場長?」
会話らしきものを繰り返しつつ、なんとか頭を泡立てる。シャワーをかけるとめちゃくちゃに怒られた。顔にお湯がかかるのが嫌だったらしい。
怒られながら身体を洗い終え、湯船に入る。もし足を滑らせて溺れたらと思うと、うろつきたがる慶梧から手が離せない。
「でぃっでぃうでぃっでぃう」
離せ、ということかもしれないが。
「悪い慶梧、パパな、初心者なんだ。心配で仕方ないんだよ」
言いながらふと思う。初心者じゃなくたって、きっとずっと、この子のことは心配で可愛くて仕方ないんだろうなと。
あぐらをかいた膝に乗せると、身体を反転させて俺の頬を小さな手でぺちぺち叩く。
「うーぁー、こーじょーちょ」
「パパは工場長じゃないかな」
慶梧のまんまるの可愛い瞳と視線を合わせて微笑む。ふ、と慶梧が小さな唇を動かした。
「ぱぱ」
俺は目を丸くする。
「慶梧、いま、パパって言ったか」
「じゅわうじゅ」
「もっかい言えるか?」
「わんわん」
「ほら、パパ」
「ぎうぎぅどぅあ」
遊ばせろ!と暴れる慶梧をぎゅっと抱きしめる。偶然でもなんでもいい。パパと呼んでくれた!
ぼたぼた泣いている俺を見て、慶梧がふと不思議そうに首を傾げた。
「ごめんな、パパ、普段は泣いたりしないんだけどな。ママと慶梧のことになると、泣いちゃうんだよ」
愛おしさが堰を切る。
そうして溢れて涙になって、止まらない。