エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
夕食はゴーヤチャンプルだった。なんでもゴーヤをご近所さんに大量にいただいたらしい。
「カノコ、ホントにゴハンじょーず。ネ」
にこにことトリクシーさんが日本語で言う。ゴーヤをくれたご近所さんはトリクシーさんの日本でできた友達らしい。すっかり彼女が日本の暮らしに馴染んでいる証拠のように思えた。
「美味しいです。本当に」
頷くと、夏乃子が眉を下げて笑う。
「卵とゴーヤを麺つゆで炒めただけですよ」
「それをあの短時間にパッとできるからすごいと思うんだ」
褒めると、夏乃子はむにゃむにゃと照れ臭そうに目線を落とした。
「昔から夏乃子は料理が上手なんだ」
筒井さんが得意そうに言う。
「もう、やめて。褒められ慣れてないの」
夏乃子が真っ赤な両頬を冷やそうと手で仰ぐ。褒められ慣れていないのは――あの八年のせいもあるだろう。
「味噌汁も美味い。ミョウガが効いてる」
「ソレはワタクシ」
すまし顔でトリクシーさんが言う。
ふふ、と夏乃子が笑い、気がつけば皆笑っていた。慶梧だけが、手作りの豆腐ナゲットを手に握ってキョトンとしていた。
夏乃子が慶梧を寝かしつけに居間を出て行ってしばらくして、スマートフォンにララから何度も着信があった。無視して神経を逆撫でするのも、と時々出ることにしていた。廊下に出て「はい綾城ですが」と通話に出る。
『あっ、もしもし綾城さんっ。実は来週、クラブのイベントに出るんですう。良ければ……』
「ああ、悪いが出張で。今も仕事中なので、また」
有無を言わさず通話を切る。
いわゆる「塩対応」をここまでされているのに全くへこたれないのは、彼女が今までの人生でなにかを拒否されたことがないからだろう。
心底、信じている。
全部自分の思い通りになると。
「そろそろ対処しないとな……」
ぽつりと呟いた。ララと母親、彼女たちには日本にいて欲しくない。いくつか方法はあるけれど……と、廊下から居間に戻る。そこで筒井さんに名前を呼ばれた。
「なあ勇梧くん、ちょっといいか」
「はい」
呼ばれたのは濡れ縁のほう。秋の匂いがしだした夜の庭に、蚊取り線香の香りが混じる。
「今から言う話は、夏乃子には秘密にして欲しい。証拠があるわけではないから」
「え……? はい」
ふ、と息を吐いて筒井さんは続ける。