エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
「オレの死んだ連れ合いがイギリス人だったのは知っているな?」
「はい、彼女から聞いたことがあります」
だから夏乃子の顔立ちはいわゆる「ハーフ」顔だ。最近だとダブルとも言うらしいけれど。
もっとも、正確にはクォーターか。
「目の色がな、夏乃子と似たような緑だった。息子もな」
俺は頷いた。印象的なヘーゼルの瞳。
「……似ている、と思ってな」
「奥さんとですか?」
「トリクシーと」
一瞬、その言葉を理解するのに時間がかかった。夏乃子のヘーゼル……緑の瞳と同じ、トリクシーさんの目の色。
「……どういうことです?」
「夏乃子の母親が、トリクシーの息子と浮気していたのでは?」
無言で頷く。
……まさか。
「……刑事の癖でな、耳の形を見るんだよ」
「耳の?」
「耳を整形しようってやつはいないからな、逃げてる犯人探すときは耳見るんだよ、古い刑事はな」
一拍置いて、筒井さんは続けた。
「同じ耳の形してるんだ。トリクシーと夏乃子は」
「なんっ……!」
「伯爵の目は茶色らしい。だから夏乃子の母親はうちの息子との間にできた子だと断じたんだ――あの女はな、異様なほど見栄っぱりで上昇志向の強い女だった。夏乃子には妊娠中に別れたと言ったみたいだが、そんなことはない。産まれてからも続いていた。……目の色を見て諦めたようだったけれど」
ふ、と筒井さんは一息つく。
「息子はな、俺の子だとは思えないくらい優秀で、医者だった。勉強ばかりで女っ気もなくて、だからあっさりあんな女に引っかかったんだろう。大学病院勤務で思ったより稼ぎがなかった息子より、伯爵夫人になったほうが虚栄心が満たされると考えたんじゃねえかと思う」
俺は頷く。庭のどこからか、鈴虫の音色が静かに響いていた。
「息子はあっけなく事故で逝ってしまったけれど……もしかしたら、夏乃子は自分の子供じゃねえとは薄々勘づいていたかもしれん。それでも、夏乃子をいたく可愛がっていた」
だから、と筒井さんは俯く。
「なにがなんでも、夏乃子を幸せにしてやらねえとって思って俺は生きてきた。なのに八年、……八年も可哀想な目に遭わせてしまった」
「筒井さん」
「夏乃子がな、イギリス文学を勉強したがっていたのは知ってたんだ。でも留学させるほどの蓄えはなくてなあ。イギリスへ行って、夏乃子が好きな勉強ができるなら、と思ったんだ」
筒井さんが呻くような声で喋り続けながら顔を覆う。
「そう思っただけだったんだよ……。刑事なのに、最後の最後で孫娘可愛さに目が濁った」
そっと彼の背中に手を置いた。ぶるぶると震えている。
ばっと顔を上げ、筒井さんは真っ直ぐに俺を見た。年齢が刻まれたかんばせに、強い意志を宿して俺をどこか睨むように見遣る。
「勇梧くん。頼む。どうか、この老いぼれの代わりに夏乃子を――夏乃子と慶梧を、守ってやってくれ」
俺はぐっと奥歯に力を込めて頷いた。
「必ず」
もう、辛い目になんか遭わせない。幸せだけを与えたい。毎日笑っていてほしい。
夏の日差しに花咲く向日葵ように笑う夏乃子。
そうして彼女によく似た、俺の息子――。
「必ず、守ってみせます」
もう誰にも奪わせたりしない。