エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
「……そうだったのか」
「我が祖父ながら、素敵なプロポーズでした」
庭に面した濡れ縁で、私と勇梧さんはそんなことを話す。
深まってきた秋の庭で、ススキが揺れる。天宙には煌々と月。都心でこそないけれど、さすがにあまり星は見えない。りぃ、りぃ、と秋の虫が鳴いて、頬をひんやりと風が撫でた。
どれだけ仕事が夜遅くなっても、勇梧さんは私と慶梧の顔を見にやってくる。慶梧は眠ってしまっていることがほとんどだったけれど――最近は勇梧さんを「パパ」と呼ぶようになってきた。
眠る慶梧の頭を撫でて優しく目を細める勇梧さんを見て、私は時々泣きそうになる。
それは多分、幸福に由来していて……。
「――夏乃子?」
ふと黙ってしまった私に、勇梧さんが声をかけて顔を覗き込む。
「あ、わ、すみません。ぼーっと」
「疲れてるんじゃないか? いつも遅くに悪いな」
ぽんぽん、と私の頭を撫でて勇梧さんが立ち上がる。
「い、いえそんな、その……」
口籠もりながらも、反射的に彼のジャケットの裾を掴む。不思議そうに私を見る勇梧さんの背後に、金色の月――。
思わず見惚れながら、そっと目を伏せ口を開いた。
「ゆ、勇梧さんこそ、疲れてるのにありがとうございます」
「会いたくて来ているだけだから」
男性らしい、大きな手が私の髪を梳いていく。そうしてひとふさ手に取って、そこにキスを落とす――唇へのキスよりも、こんなふうなキスによりときめいてしまうのはなぜだろう?
愛されてると、そう感じるのはなぜだろう――。
「なあ、夏乃子」
「な、なんでしょう」
「愛してる。なあ、プロポーズしていいか?」
私は目を瞠る。勇梧さんは苦笑した。
「少し前から準備してたんだ」
そうして濡れ縁に座る私の前に、片膝立ちで跪いた。恭しく私の手を取り、精悍な顔に真剣な色を浮かべて唇を動かす。
「結婚してください」
彼が手にしているのは、大きな、けれど上品な一粒ダイヤモンドが光る銀の指輪。
「生まれてきてくれてありがとう、夏乃子。出会ってくれてありがとう。慶梧を産んでくれてありがとう」
勇梧さんの真っ直ぐな瞳が、私を射抜く。
「君がいて、俺は初めて幸福を知った――愛してる」
私は息を呑む。
そうして震えながら、そっと唇を動かして――。
ララが母と一緒に家にやってきたのは、空の色や風の音に冬を感じ始めてすぐのことだった。