エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
 おじいちゃんとおばあさまは町内会の集まりに行っていて、私と慶梧だけで家にいた、そんな晩秋のお昼過ぎ――インターフォンが鳴ったのだ。
 カラカラと扉を開くと、真っ赤なファーのついたコートを着たララが、サングラスをして立っていた。真っ赤な唇が弧を描く。

「……え」

 一瞬、なにが起きているのか理解できなかった。

「入るわよ」

 玄関先で戸惑う私を押し退けるようにして、ララが土足で玄関に上がる。ハッとして振り向き、声をかける。

「ちょ、ララ」
「お嬢様、は? ちょっと離れただけで自分の身分忘れてるんじゃないでしょうね」

 睨みつけられ、指先の体温がひんやりと下がっていく。


 虐げられた八年の記憶。


 植え付けられた無力感。


 呼吸が浅くなっていく――。


 綺麗に掃除した廊下を、ララのブーツが踏み荒らす。

「懐かしいわ、この家。なんて煩わしい……。あたしにあんたを産ませた男の実家」

 母がヒールのまま廊下に上がる。考えたのは「廊下に傷がついちゃう、どうやって補修しよう?」ってこと――ロンドンのタウンハウスでは、ふたりが付けた傷も汚れも、全部私のせいだったから。

 私のせい。

 私が産まれたせいで、〝お母さんの人生〟は無茶苦茶になったって――泣きながら詰(なじ)られた。

 あなたのせいで幸せになれなかった。あなたのせいで……って。

「……ぁ」
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