エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む

 どくん、どくん、と血液が全身を回っていく。喉はカラカラで、痛みさえ感じる。

「……う」

 でも。

「なんですって?」
「……が、う」
「はっきり言いなさい夏乃子!」
「違う!」

 私は大きく叫ぶ。

「違う! 勇梧さんは私がいて幸せだって言ってくれる! 愛してるって言ってくれるの! 結婚しようって!」

 ぼたぼたと涙が零れた。
 慶梧が強くしがみついてくる。誰にも渡さないと言わんばかりに、抱きしめる手に力を込めた。

「あなたなんか、母親じゃない! 出て行って! この家から! 二度と顔を見せないで!」
「なんてことを! 夏乃子! 母親に向かってなんて言い草! 産んでやった恩を忘れたの!?」

 母の顔が歪み、言葉が続く。

「あんたはあたしを不幸にしたくせに!」
「そうよ、庶民の分際で。なにをあたしたちに歯向かってるの? 素直に土下座しなさいよ、ロンドンにいたときみたいに」

 ララが続き、歪んだ笑顔で髪をかき上げる。
「ほら、その子供渡せって。育ててやるって。あんたみたいな教養のない人間は子育て向いてないってば」
「こう考えなさい。お前は仮腹だったの。この子を綾城さんとララと、あたしに捧げるための」
「そうそう。子供が欲しいなら、自分と合ったレベルの男に股開いて腰振って、また何匹でも産めばいいでしょ」

 ふたりがにじり寄ってくる。
 ぐっと唇を噛み、ふたりを睨みつけた。

「近寄らないで! この子に指一本でも触れてみなさい、絶対に許さない!」

 私は慶梧を抱え直し、ふたりに背を向け玄関に向かって走ろう――としたところで、誰かにぶつかる。
 そのままぎゅうっと慶梧ごと抱きしめられて、頭にぶつけるだけのような、荒々しいキスが落ちてきた。
 肩で息をしている彼は。

「勇梧さん!」
「悪い夏乃子、出遅れた。すまない」

 そう言って腕の力を強める。安堵でヘナヘナと力が抜けた。でも、「出遅れた」って?
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