エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
「良かったわ、日本に行く前にこの本を見つけることができて」
おばあさまがゆったりと笑う。私は眉を下げ、おばあさまをソファに座らせ手を握った。
「おばあさま……本当にいいんですか? 私のせいで、長旅をすることに」
「なにを言うの、カノコ」
おばあさまの唇が微かに震える。
「謝らねばならないのは、わたくしのほう。あなたを手放したくないばかりに、もう何年も縛り付けてしまって……」
握った手の力が、年齢を感じさせないほどに強くなる。
「分かっていたの、あなたを日本に返さなくてはならないことくらい、最初から。なのに、わたくしは、寂しくて。カノコ、あなたのいない暮らしがもう想像できなくなって……なんて辛い生活を強(し)いたのでしょう」
「そんな。私はおばあさまと過ごせて幸せです。これからも」
「ダメよカノコ、幸せにならなくては。お腹の赤ちゃんと一緒に」
ぎゅ、とおばあさまが私の手を握る。
「あの連中は、カノコのことを女中かなにかだと思っているわ」
はあ、とおばあさまは柳眉を寄せる。
「だから、決してあの連中にあなたの妊娠のことを話してはダメ。日本に行くのだって、わたくしの我儘……死ぬ前に日本へ旅行をしたいという願望を叶えるためという体裁をとっておかなければ、あの連中はあなたを手放さない」
あの連中、とは……母と妹のララ、そして義父のことだ。
おばあさまとは血のつながりがない母はともかく、実の息子である伯爵、そして同じく実のや孫であるはずのララのことまでをも口汚く言わせてしまうことに申し訳なさを感じていると、おばあさまは私の手を優しく撫でる。
「ね、カノコ。わたくしの可愛い孫」
労わるような声に、私は思わずおばあさまの腰に抱きつく。私とおばあさまには、なんのつながりもないはずなのに。