エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
びくりと彼を見上げると、私を安心させるよ
うに軽く眉を上げ、口を開く。
「このままでは埒があかないので、どうぞ、お入りください」
勇梧さんが背後、玄関戸のほうに向かって言う。からから、と扉を開いて入ってきたのは、和風の玄関に立つのがなんだかそぐわない、長身の白人の男性。
「伯爵?」
ついそう呼ぶと、義父が私を見て――なんだか、泣きそうな顔をした。疑問を口に出す前に、ララが「お父様!」と叫ぶ。
「聞いてお父様、この女がひどいの。ララの幸せを奪おうとするの」
「……そんなふうに私を呼ぶのはやめなさい」
義父が低く言う。
「知らなかった……。まさか、お前たちが……カノコにあんな、むごいことをしていだなんて」
「なんですって!?」
驚いたように母が言う。
「あなた、あたしはそんなこと――」
「黙れアバズレ」
「アバ……っ!?」
義父は律儀に靴を脱いでから家に上がり、手にしていた数枚の紙を廊下に投げ捨てた。
「DNA鑑定の結果だ。そこにいる綾城さんに提案されて――。なあ、ララは誰の子だ?」
母の顔が真っ青を通り越して真っ白になる。
「な、な、な、なにを言って」
「少し調べたら簡単に分かりました。渡英してすぐ、あなたは夫たる伯爵が仕事で不在がちなのをいいことに、男遊びを繰り返していた、って。どこの誰とも……国籍さえ分からないような、変な薬の売人なんかともね」
勇梧さんがそう言うと、母の顔が一気に真っ赤に染まる。
「いい加減なことを言わないで!」
「ならこれはどういうことだ?」
義父が鑑定の結果が書いてあるだろう紙を踏みつける。
「し、し、知らない。、あたし、そんな」
「……お母様、どういうこと? あたし、伯爵令嬢じゃないの?」
「ああララ、あたしの砂糖菓子ちゃん。心配しないで。あなたは立派な貴族令嬢……」
「ふざけないで」
凛、とした声が廊下に響く。
玄関に立っていたのは、町内会の集まりに行っていたはずのおばあさまとおじいちゃんだった。なぜかおじいちゃんの手にはスマートフォンが握られていて……こちらに向いていた。
「あなた達には貴族たる資格がない」
「な、お、お義母様! 違うんです、なにかの間違い……」
「貴族というものは!」
数年前まで病気で車椅子に乗っていたとは思えない、しゃんとした背中でおばあさまは言う。
「血ではありません。誇りです」
そうして母とララを指差す。
「あなたがたには、それがない」
「なにを――。あたしは、伯爵夫人というのを誇りに」
「それは誇りではなく驕りです」
びしっとおばあさまは言って、「さあ」と義父を睨む。
「はっきりお言いなさい。あなたがそんな性格だから、周囲が勘違いするのです」
「……申し訳ありません。どうしても認めたくなかった……。妻と娘が、そんな性悪だなんて。家の資産が目減りしているのも、カノコが使い込んでいると言われて、信じ込んで……」
「なにをどう見たら、そう見えるのです?」
「……そうですね。私の目が……濁っていた」
それから義父は顔を上げ、母とララに言い放つ。
「今日からお前たちは妻でも娘でもない。分かったな」
「そんな、あなた――」
母がふらつき、廊下に座り込む。
「違うの、違うのよ、信じて――」
「この期に及んでなにを信じろと?」
冷たい義父の視線に、母がびくりと肩を揺らし、それからあたりを見回した。
救いを求めるように――。
目が合う。
私は――私は、目を逸らした。
私はずっと、母の中に「私が求めている優しいお母さん」を探してた。
でも、どこにもいなかった――。
私は囚われていた幻から、やっと解放された。 心底、そう思う。
「いいわよ!」
叫んだのはララだった。