エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
「別にお父様がいなくたって、あたし稼いでるもの! ちょっと動画上げただけで何千万円だって入ってくるんだから――」
「ああ、このチャンネルか? いまどんどん登録者が減っている」
「え?」
勇梧さんがスマホをララに突きつける。ララが驚愕に目を見開いた――。
「え? え、え、なんでどんどん解除されてるの? どうして」
「これのせいかな」
おじいちゃんが飄々とした声で言う。
「今の一連のやり取り、ライブっていうやつで……なんちゅうんだ、中継してたんだな」
「はー!?」
ララがサングラスを投げ捨てた。
「なにやってくれてんのよ、ジジイ!」
それから慌てたように自分のスマホを取り出し、こほんと咳払いして何度かスマホをタップした。
「こんにちはあ、ララです。なんか誤解されてるかもしれないんですがあ……っ、そんなコメントやめて? 違うのあたし」
ララの声が悲壮感でいっぱいになる。
「あたし、本当の伯爵令嬢なの、貴族なのぉ……」
半泣きのララを見て、勇梧さんがぼそりと呟く。
「こうなっても気になるのはそこか。本当に中身がないんだな」
「中身……って」
つい質問してしまった私に、勇梧さんは答えてくれる。
「いま彼女のチャンネルには――ほら」
勇梧さんがスマホの画面を見せてくれる。『犯罪だろ!』『いやいやサイコパスかよ』『考え方やばくね』『あれお姉ちゃんだよね? かわいそすぎない?』――そんなコメントが並んでいる。けれどララが反応するのは『いやどこの馬の骨か分かんないのは自分じゃんw』『伯爵令嬢詐欺』といったコメントだけで――ララにとって、大事なのはそこだった。
自分が伯爵令嬢であること。
「伯爵令嬢であれば、君にしたことは全て問題ないと思っているんだろう」
私は妙に納得した。
そっか。ララが私になにをしても罪悪感を抱く様子がなかったのは、そもそも私を同じ人間として認識していなかったからなのか。
でも、……それは。
〝お母さん〟を振り切った今だから分かる。
それは、母に「そう」育てられたから。ララもまた、ある意味虐げられてきた……被害者なのだ。
心底「かわいそう」だと感じた。
「……勇梧さん、すみません慶梧をお願いします」
抱っこしていた慶梧を勇梧さんに預け、私は廊下を歩く。必死でスマホの画面に向かっているララの前に立った。
小さな画面に向かっている姿は、まるで幼児がダダをこねているかのようだ。
勇梧さんはただ、黙ってこちらを見てくれている。
「ララ」
「は? なによ、今忙しいのっ!」
「あなた、かわいそうだね」
ララはポカンとして私を見る。
「かわいそう。心の底から同情する」
ララの唇が震えた。綺麗な茶色い瞳の瞳孔がきゅっと小さくなった。発色良いティントで染められた唇が怒りに歪み、大きく開かれる。
「黙れ!」
ララが投げたスマホが、ごん!と大きな音を立て壁にぶつかる。
「黙れ、黙れ……! なんであたしがあんたに同情されなきゃいけないの」
私はただ、静かにララを見つめた。
ララが唇を噛み、私を射殺すような目で睨みつける。
「きっと理由を言っても分からないよ」
「黙れ、そんな目であたしを見るな、黙れ……っ」