エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む

 ララが首を振る。緩いウェーヴを描く髪の毛がばさばさと揺れて、そのたびに甘ったるい香りがあたりに散った。

 ふ、とおばあさまがため息をつく。

「アンドルー。ふたりを連れて行きなさい」

 義父が辛そうな顔で彼の妻の手を取る。彼女はイヤイヤと首を振った。スーツを着た数人の外国人男性がどかどかと家に入ってきて、半狂乱のララをそのまま立たせて連れて行く。

 ふたりはどこに行くのだろう?
 ララの呪縛は解けるのだろうか?
 とりあえずは、ロンドンに戻るのかもしれない。おじいちゃんが神妙な顔をしてスマホを勇梧さんに渡す。こちらの配信は終わったようだった。

「……カノコ」

 お母さんとララがいなくなり、やけにシンとした廊下で義父が私を見下ろす。
 辛そうに寄せられた眉に首を傾げると、義父はおじいちゃんを見て頭を下げた。

「申し訳ありませんでした。全て……」

 ぐ、と喉を鳴らして義父は続ける。

「全て、私の責任です」

 おじいちゃんはなにも言わない。それから義父はまた私を見下ろし、なにか言おうと何度か唇を開いて――それからゆっくりと項垂れた。

「伯爵?」
「……可愛いな」

 え? と首を捻る私に、義父が悲しそうに目を細めた。

「君の子供」
「あ、ありがとうございます」

 勇梧さんが抱っこしていた慶梧を受け取り抱き直す。義父は宙で手を彷徨わせたあと、ぽそりと言った。

「一度だけ、撫でていいだろうか?」
「え? あ、はい」

 義父がそっと慶梧の頭を撫でる。慶梧がきょとんと伯爵を見上げた。ふと、慶梧の瞳の色が義父と同じ焦茶だなと思う。

 彼は惜しむように私と慶梧を見て、唇を噛んで目を逸らした。

「すまなかった。仕事にかこつけて、家族から逃げて――八年、君を苦しませた。それから、こんなこと……、私が言う権利はないのだけれど、どうか……どうか、幸せに」

 そしてゆっくりと玄関から出て行く。
 からから、とん、と扉が閉まって――。
 私はすとんと廊下に座り込んだ。
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