エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
「夏乃子!」
すぐさま勇梧さんに支えられる。私は彼に身体を預けたまま「一体、なにが」と呟くように聞いた。
「……少し前から、君の母親の調査を進めていたんだ。結果は見ての通りだ。ララは伯爵の子じゃない」
「そう……だったんですね」
「それで」
はあ、とひとつ息を吐いて勇梧さんが続ける。
「俺のなにを気に入ったか知らないが、連絡もしつこいし、ついには興信所まで雇ってきた。泳がせているうちに伯爵と連絡を取りロンドンへ引き揚げさせる予定だったのだけれど……すまない、怖い思いをさせたな」
きゅっと抱きしめられる。
「伯爵を迎えに行っている間にまさかここまで来るなんて。お陰でいくつか予定を変更しなくてはいけなくなったけれど……でも」
ふ、と勇梧さんが眉を下げた。
「君が……呪縛から逃れられたようで良かった」
優しい視線と目が合った。
こくんと頷くと、安心したように勇梧さんが目を細める。腕の中で慶梧がもがいて、床に降りた。さっきまで知らない人が多くて緊張して大人しかったようだけれど、知ってる面々だけになって慶梧も安心したのだろう。
廊下をいつも通りに走り出す。
とてとてと可愛らしい走り方。でも随分しっかりしてきている。
きっとじきに、私より速くなる。
その姿を私は……、彼と見守りたい。
勇梧さんと。
「勇梧さん」
「なんだ?」
優しく彼が私の頬を撫でる。その手に擦り寄りながら、私は口を開いた。
「この間の答え、今伝えてもいいですか?」
勇梧さんは一瞬目を丸くしてから、こくんと頷いた。なんのことだか分かってくれたようだった。
あのときはうまく返事ができなかった、彼からのプロポーズの答え。
「教えて欲しい」
私は何度か深呼吸を繰り返す。
そのたびになぜだか苦しくなる。頬が熱く濡れている。ぼたぼたと目から感情が零れ落ちる。その涙を、勇梧さんが何度も拭ってくれている。
「っ、あ、愛してます」
声が震えた。少し裏返ったりもした。
ぐちゃぐちゃに泣いてる顔は絶対可愛くない。
なのに、勇梧さんは私の頬を両手で包み込み、幸せそうに笑っている。
愛おしそうに、笑っている。
「ご、ごめんなさい……なんて、遠回り」
私はしゃくりあげて言葉を紡ぐ。
「勇梧さんは最初から愛してくれていたのに。慈しんでくれていたのに。慶梧のことも絶対大切にしてくれたはずだったのに――私、私は、逃げて」
自分に自信がなかったから――。
「夏乃子」
勇梧さんが穏やかな声で私を呼ぶ。
それから少し考えて、微かに笑った。
疑問を視線に込めて彼を見つめる私に、勇梧さんは口にする。
「シェイクスピアは偉大だよな。こんなときにピッタリの台詞を作ってるんだから」
「――え?」
「そうだろ? All's Well That――」
私は目を瞬き、勇梧さんと見つめ合う。
それからお互い微笑んで、その続きを声を揃えて口にした。
All's Well That Ends Well.
――終わり良ければ、全て良し。