エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
「暑くないか? 夏乃子」
勇梧さんが私の手を取り目を細めた。こくりと頷くと、頬が柔らかく緩められる。その表情にきゅんとした。愛されてるってはっきりと分かる――。
思わずじっと見つめていると、勇梧さんが目の縁を赤くして視線を逸らした。
「勇梧さん?」
「いや、悪い。夏乃子があまりにも綺麗で、可愛くて――。その上そんな顔をするから」
私はぱちくりと目を瞠る。
「どんな顔です?」
んー、と勇梧さんは視線を戻しつつ言った。
「……俺のこと好きって顔」
小声で言われた言葉に、見つめ合って笑う。なあんだ、お互いそう思っていたんだ。
金色の波の向こうで、大きなカメラを持った男性が私たちを呼ぶ。
「OKです! いい感じに撮れましたよ!」
はっとして視線をそちらに向けた。大柄な白人のカメラマンさんが、笑顔でサムズアップを決めてくれた。
「ありがとうございます」
そう答えつつ、ちょっと照れる。
今いるのは、地中海に面した中央ヨーロッパの国。勇梧さんの現在の赴任地だ。
一年前に籍を入れた私たちだったけれど、式はまだだった。せっかくだからこの国で式を挙げることになって、勇梧さんが提案したのはこの向日葵畑に囲まれた小さな教会での式だった。
夏の陽射しに、白い教会が眩い。
濃い山吹色の花びらは、夏の陽と見紛うばかりに輝いていた。
「では、次は教会の中で――」
「あ、申し訳ありません。もう一枚」
勇梧さんがそう言って、「慶梧!」と少し離れたところにシッターさんといた慶梧を呼んだ。夢中になって遊んでいた慶梧がこちらを向いて、――向日葵みたいに笑った。
「パパ! ママ!」
慶梧はいま、二歳を過ぎたところ。色んな人に「そろそろね」と言われるいわゆる「魔の二歳」には、今のところまだ突入していないようだった。
弾丸のように走ってきた慶梧を軽々受け止め、勇梧さんが笑う。
「三人で撮ってもらおう」
慶梧を抱っこして私を見下ろす彼に、私はこっそりと告げる。
「実は」
「……?」
「四人、ですよ」
勇梧さんがぽかんとする。この人のこんな顔は珍しくて、私は肩を揺らして笑った。
それを見て、なにか面白かったのか慶梧も笑う。勇梧さんが少し遅れてちょっと涙ぐみながら笑う。
終わりよければ全て良し、とは言うけれど――人生にハッピーエンドはあり得ない。
続いて行くからだ。
この先も、これからも。
勇梧さんの大きな手が、私の手を包み込む。
彼を見上げる。
太陽みたいな彼が、私を見て笑った。