エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
絶望しかかっていた私を救ったのは、おばあさまが注いでくれた愛情と、――「あの人」だった。
平凡以下の私とは釣り合わないほどの輝きを放つ彼に、恋愛感情なんて抱くだけ無駄だと思っていたのに――、なんの気まぐれか、彼は私を抱いた。愛していると言ってくれた。着いてきてほしいと。
二度とあの精悍で優しい眼差しを見ることはできないだろうけれど――。
そうして彼とお別れしてから、このお腹に命を授かっていることに気づいた。。大切で愛おしい、まだ小さな命。
彼には絶対に、秘密だけれど――。
彼の輝かしい経歴に、将来に、私のような人間は似つかわしくないから。
「まあまあカノコ、子供みたいね」
穏やかに笑うおばあさまが、何度も私の頭を撫でた。
「もうすぐ母親になるのに、甘えん坊さん」
優しい声に、まどろみが襲ってくる。
妊娠すると眠いわよね、とおばあさまが言う。
おばあさま。
私の妊娠にいち早く気がつき、『日本で産みましょう』と提案してくれたおばあさま。
『そのままあなたは日本に残りなさい。大丈夫、わたくしはなんとでもなるのですから』
もう歩けるのだし、とそう言ってくれた、大好きなおばあさま――。
なのに、私はまだ期待してる。
母に優しくされることを。
『つわりは苦しくないの?』
『無理をしてはダメよ夏乃子、お腹に障るでしょう?』
そう言って、「ふつうのお母さん」のように私の手を握ってくれるのを――。
虚しくなる、あり得ない妄想なのだけれど。
「カノコ、ほら、こっちでお眠り」
おばあさまに言われ、夜の片付けの前に少しだけ、とうたた寝をすることに決めた。
おばあさまに膝枕をしてもらい、ソファに寝そべり、目を閉じる。もうすぐ二十六にもなるのに、本当に子供みたいだ。
「おやすみ、カノコ」
そうして見たのは、彼と出会ったときの夢だった。去年の今頃に出会った彼のこと。
そう、ほんのひとときの、真夏の夜の夢。