誰もいないこの世界で、君だけがここにいた
〝多田さんたちにこれ以上いじめられませんように〟
いじめられ始めた中学のはじめの頃、私はこの池でそう願った。
願いを叶えてくれると噂の勿忘の池。でも私にとってこの場所は嫌なことがあった時に訪れる癒しの地であって、願いごと自体には興味はなかった。
そんな私が、はじめて捧げた願いごと。
でも、願いは叶えられなかった。
翌日も、多田さんは変わらず私をいたぶり続けた。体と心への暴力は延々と続いた。
別に本気で池の神さまが何かしてくれると思ったわけじゃない。
ただ、存在しない神さまにもすがりたいくらい、追い詰められていただけ。
だから、この池は願いが叶うなんて言われてるけれど、実際はそんなのは迷信だということは知っていた。植村くんがちょっと叫んだからって、素直に聞き届けてくれるとは思えない。
……じゃあ、なんであの夜の私の願いが叶ったのかというと、わからないのだけど……。
とにかく、願いがなんでも叶うわけじゃない。
なんとなく、あの夜は特別だった気がしている。
だからこんなことをしても無駄。意味なんてない。
私がそんなことを考えているともつゆ知らず、植村くんは気がすんだようで、私の座っているベンチに向かってきた。
「まぁ、これでひとまず様子見だな。今度クラスのやつらに会ったらどうなってたか教えろよ」
「……なんで、こんなことするんですか?」
「だから、記憶が消えるなんて悲しいからだってば」
何回聞いてもわからないのに、また聞いてしまった自分のバカさ加減に嫌になる。それでも、私以上にバカなのは植村くんの方だと思いたい。
私のことなんて気にしたって、明日にはなかったことにできるのに。
私のことなんてほっとけばいいのに、本当にこの人はどういうつもりなんだろう。
記憶が消えるのが悲しいから、って……。
……もしかして、植村くんも前に、誰かに忘れられて悲しい思いをしたことでもあるのだろうか。
どうしても私の呪いを解きたくなるような、個人的な理由でもあるのだろうか。
それとも……。
植村くんが、ベンチの横の席に座る。
躊躇のないその距離感に、一瞬どきりとしてしまった。
少しだけ汗っぽい、夏の男の子の匂い。同性の友達と仲よくしていたのすら小学生の頃が最後である私は、顔見知りの異性とこんなに近づくなんて記憶の中でははじめてのことだった。
ミンミンとうるさい蝉を探すふりをして、ついそっぽを向いてしまう。
すると、植村くんが急に核心を突いてきた。
「なんでお前、いじめられてんの」
残暑の空気が一気に冷えて、そこの池に飛び込んだかのような冷たさが心を覆った。
……そんなこと、話したくない。
自分で自分の心を抉るようなこと。
せっかくのお休みの日にまで思い出したくないようなことを。
でも……。
どうせ植村くんは、いつかこの話を忘れるんだし。
私も吐き出したら、また昨日みたいに少しは清々しい気持ちになるかもしれない。
そんな気になって、ゆっくりと口を開いた。
「……中学校の頃に私をいじめてた子が、高校にもいたんです。土日を挟めば私をいじめてた記憶は消えるんですけど、その子は根っから私のことが嫌いみたいで、記憶が消えてもまた嫌がらせを始める時があります。その子はクラスのムードメーカーで顔の広い子だから、一回そうなるとクラス全体がそういう空気になってしまって……。……その子が受験してるってわかってたら、こんな高校受けなかったのに」
「中学の時は、なんで?」
「……わかりません。自分たちが楽しめれば誰でもよかったんです、きっと」
いじめられ始めた中学のはじめの頃、私はこの池でそう願った。
願いを叶えてくれると噂の勿忘の池。でも私にとってこの場所は嫌なことがあった時に訪れる癒しの地であって、願いごと自体には興味はなかった。
そんな私が、はじめて捧げた願いごと。
でも、願いは叶えられなかった。
翌日も、多田さんは変わらず私をいたぶり続けた。体と心への暴力は延々と続いた。
別に本気で池の神さまが何かしてくれると思ったわけじゃない。
ただ、存在しない神さまにもすがりたいくらい、追い詰められていただけ。
だから、この池は願いが叶うなんて言われてるけれど、実際はそんなのは迷信だということは知っていた。植村くんがちょっと叫んだからって、素直に聞き届けてくれるとは思えない。
……じゃあ、なんであの夜の私の願いが叶ったのかというと、わからないのだけど……。
とにかく、願いがなんでも叶うわけじゃない。
なんとなく、あの夜は特別だった気がしている。
だからこんなことをしても無駄。意味なんてない。
私がそんなことを考えているともつゆ知らず、植村くんは気がすんだようで、私の座っているベンチに向かってきた。
「まぁ、これでひとまず様子見だな。今度クラスのやつらに会ったらどうなってたか教えろよ」
「……なんで、こんなことするんですか?」
「だから、記憶が消えるなんて悲しいからだってば」
何回聞いてもわからないのに、また聞いてしまった自分のバカさ加減に嫌になる。それでも、私以上にバカなのは植村くんの方だと思いたい。
私のことなんて気にしたって、明日にはなかったことにできるのに。
私のことなんてほっとけばいいのに、本当にこの人はどういうつもりなんだろう。
記憶が消えるのが悲しいから、って……。
……もしかして、植村くんも前に、誰かに忘れられて悲しい思いをしたことでもあるのだろうか。
どうしても私の呪いを解きたくなるような、個人的な理由でもあるのだろうか。
それとも……。
植村くんが、ベンチの横の席に座る。
躊躇のないその距離感に、一瞬どきりとしてしまった。
少しだけ汗っぽい、夏の男の子の匂い。同性の友達と仲よくしていたのすら小学生の頃が最後である私は、顔見知りの異性とこんなに近づくなんて記憶の中でははじめてのことだった。
ミンミンとうるさい蝉を探すふりをして、ついそっぽを向いてしまう。
すると、植村くんが急に核心を突いてきた。
「なんでお前、いじめられてんの」
残暑の空気が一気に冷えて、そこの池に飛び込んだかのような冷たさが心を覆った。
……そんなこと、話したくない。
自分で自分の心を抉るようなこと。
せっかくのお休みの日にまで思い出したくないようなことを。
でも……。
どうせ植村くんは、いつかこの話を忘れるんだし。
私も吐き出したら、また昨日みたいに少しは清々しい気持ちになるかもしれない。
そんな気になって、ゆっくりと口を開いた。
「……中学校の頃に私をいじめてた子が、高校にもいたんです。土日を挟めば私をいじめてた記憶は消えるんですけど、その子は根っから私のことが嫌いみたいで、記憶が消えてもまた嫌がらせを始める時があります。その子はクラスのムードメーカーで顔の広い子だから、一回そうなるとクラス全体がそういう空気になってしまって……。……その子が受験してるってわかってたら、こんな高校受けなかったのに」
「中学の時は、なんで?」
「……わかりません。自分たちが楽しめれば誰でもよかったんです、きっと」