誰もいないこの世界で、君だけがここにいた
誰か一人を生贄にすれば、他の人たちの結束が強まる。
みんなの心がひとつになれば、充実した高校生活が送れる。
誰かが幸せになるのに、誰かの不幸が必要。世の中はそうなってるんだ。
そして、周りの人達の不幸を一手に引き受けたのが私。
私はみんなが幸せになるために生きている。
ただ、それだけのこと……。
頭の中に笑い合っているみんなの顔が浮かんで、それを眺めていたらいつのまにか言葉が途切れていた。
誰もいない勿忘の池は、二人とも黙ると静かになってしまう。
植村くんも、こんな時に限って何も言わない。いつもは余計なことを言って私の中の地雷を踏み荒らすくせに、質問するだけしておいて無反応なのだから腹が立つ。
急に手持ちぶたさになって、そっと薬指のささくれをさすった。
小さな傷だけれど、治りそうで治らないささくれ。
結局治らないまま放置して、こういう傷がいつのまにか体中を蝕んでいくのかもしれない。でもそうなったとしても、痛みに気づかなければなんてことはないのだろう。気づきさえしなければ、傷もなかったことにできるのだから。
悲しみも、苦しみも。すべてに無感情でいれば、私はなんとか生きていける。
どうしても見過ごせない痛みが、時々顔を出してしまうこともあるけれど。その気持ちも冷静に対処して、心の外に追いやることができればいいのに。
すると、植村くんがまるで私の心を読んだかのように反応した。
「……アホくさ。誰かの苦しみの上に作られた楽しさなんて、そんなのうそっぱちだろ」
その一言に、急に薬指の傷がじくりと痛んだ気がした。
また風が吹いて、頭上の葉がいっせいに騒ぎ出す。急に蝉の声が戻ってきて、静かだと思っていた勿忘の池は街中と変わらないくらいに賑やかだったことを思い出す。
目の奥が急に痛くなって、俯いてしまった。
……うそっぱち、なんかじゃない。
だって、私がいることでたしかにクラスの結束は高まっていた。
誰かが犠牲になれば、集団はまとまりやすくなる。わかりやすい敵を作り出せば自分にとっての味方が見えやすくなる。それはきっと、うそじゃない。
だけど……。
「……うそっぱち、だったら……いいのに」
葉が擦れ合う音にまぎれて、そっと言葉を滑り込ませた。
……みんなが、植村くんみたいに思ってくれたら。
そんなの正しくないって思ってくれたら、よかったのに。
でも、そうじゃないから。現実はそうじゃないから、私は今、苦しんでいる。
世の中そんなにうまくはいかない。
理不尽なことも不平等なことも、山のようにある。
それでも。
昨日知り合ったばかりのガラの悪いこの男の子が言ってくれたことに、少しだけ、救われてしまった。
そうだ。
私は、認められたかったんだ。
誰でもいいから。
忘れられてもいいから。
一瞬でもいいから。すべての事情を知った上で、言ってほしかった。
私だけが悪いわけじゃないって。
世界の方だって、間違ってるんだって。
私にも、悪い部分があったとしても。私の存在を、私の気持ちを、認めてくれる一言が欲しかった。
……やっぱりバカは、私だったな。
「さーて。帰るかぁ」
植村くんがあくびをしながら立ち上がる。
後ろから見た植村くんは、金色をした髪が太陽の欠片を反射していて、ムカつくくらいきれいだった。
みんなの心がひとつになれば、充実した高校生活が送れる。
誰かが幸せになるのに、誰かの不幸が必要。世の中はそうなってるんだ。
そして、周りの人達の不幸を一手に引き受けたのが私。
私はみんなが幸せになるために生きている。
ただ、それだけのこと……。
頭の中に笑い合っているみんなの顔が浮かんで、それを眺めていたらいつのまにか言葉が途切れていた。
誰もいない勿忘の池は、二人とも黙ると静かになってしまう。
植村くんも、こんな時に限って何も言わない。いつもは余計なことを言って私の中の地雷を踏み荒らすくせに、質問するだけしておいて無反応なのだから腹が立つ。
急に手持ちぶたさになって、そっと薬指のささくれをさすった。
小さな傷だけれど、治りそうで治らないささくれ。
結局治らないまま放置して、こういう傷がいつのまにか体中を蝕んでいくのかもしれない。でもそうなったとしても、痛みに気づかなければなんてことはないのだろう。気づきさえしなければ、傷もなかったことにできるのだから。
悲しみも、苦しみも。すべてに無感情でいれば、私はなんとか生きていける。
どうしても見過ごせない痛みが、時々顔を出してしまうこともあるけれど。その気持ちも冷静に対処して、心の外に追いやることができればいいのに。
すると、植村くんがまるで私の心を読んだかのように反応した。
「……アホくさ。誰かの苦しみの上に作られた楽しさなんて、そんなのうそっぱちだろ」
その一言に、急に薬指の傷がじくりと痛んだ気がした。
また風が吹いて、頭上の葉がいっせいに騒ぎ出す。急に蝉の声が戻ってきて、静かだと思っていた勿忘の池は街中と変わらないくらいに賑やかだったことを思い出す。
目の奥が急に痛くなって、俯いてしまった。
……うそっぱち、なんかじゃない。
だって、私がいることでたしかにクラスの結束は高まっていた。
誰かが犠牲になれば、集団はまとまりやすくなる。わかりやすい敵を作り出せば自分にとっての味方が見えやすくなる。それはきっと、うそじゃない。
だけど……。
「……うそっぱち、だったら……いいのに」
葉が擦れ合う音にまぎれて、そっと言葉を滑り込ませた。
……みんなが、植村くんみたいに思ってくれたら。
そんなの正しくないって思ってくれたら、よかったのに。
でも、そうじゃないから。現実はそうじゃないから、私は今、苦しんでいる。
世の中そんなにうまくはいかない。
理不尽なことも不平等なことも、山のようにある。
それでも。
昨日知り合ったばかりのガラの悪いこの男の子が言ってくれたことに、少しだけ、救われてしまった。
そうだ。
私は、認められたかったんだ。
誰でもいいから。
忘れられてもいいから。
一瞬でもいいから。すべての事情を知った上で、言ってほしかった。
私だけが悪いわけじゃないって。
世界の方だって、間違ってるんだって。
私にも、悪い部分があったとしても。私の存在を、私の気持ちを、認めてくれる一言が欲しかった。
……やっぱりバカは、私だったな。
「さーて。帰るかぁ」
植村くんがあくびをしながら立ち上がる。
後ろから見た植村くんは、金色をした髪が太陽の欠片を反射していて、ムカつくくらいきれいだった。