誰もいないこの世界で、君だけがここにいた
「……ここには、願いを叶える神さまがいるんでしょうか?」
なんとなく、聞いてみた。
ここにいるかもしれない、不思議な力を持った何かのことを信じられなくなっていた。
「さぁ……どうなんだろうね。神さまなら、少なくともそこの神社には祀られてるはずだけどね」
神社には神さまはいるだろうけど、ここは池。たしかに実際には何もいないのかもしれない。
それでも、願いを叶えたくて。
じっとしてなんかいられなくて。
藁にもすがる思いで、私たちはここに来たんだろう。
「君も何かお願いしたの?」
彼が水面を指差し、唐突に聞いてきた。
思いがけず質問をされて、言葉か浮かばなくなってしまった。
お願いはしたことはあるけれど、詳しくは話せない。それに話したら、初対面だというのにさらに空気を重くしてしまう。
結局、濁すことしかできなかった。
「あ、いえ……私は何も。人と待ち合わせしてただけで……」
すると彼は少し意地悪そうな顔をして笑った。
「こんな夕暮れに待ち合わせ? 恋人、とか?」
「いえ! ……ただの、友達、です」
咄嗟に出た友達、の言葉に違和感を覚えながらも、それくらいしか説明する単語を思いつけなかった。
この前、植村くんと友達になるわけないと心の中で思ったくせに、何を言ってるんだろう。
目の前の彼は正直に願いを打ち明けてくれているのに、私はうそばかりついていて申し訳なくなる。
「そっか。友達でも恋人でも大切にね。人の縁なんて、つながるのは難しいくせに、切れるのはあっという間だから……」
説得力のある言葉に、小さく頷いた。こんな時にも目尻に穏やかな皺を作れる彼は、とてもやさしい心を持っているのだろうと思えた。
人の縁なんて、切れるのはあっという間……。
それは奇しくも、今の私の状況にぴったりと当てはまっていた。
次の日の夜には切れてしまう、私と誰かのつながり。十四歳の夏、私は両手いっぱいに結んでいたはずのさまざまな人たちとの糸を、すべて断ち切ってしまった。
それでもあの頃、私は周りの人たちとの縁が切れたショックよりも、いじめがなくなったことに喜びを感じていたけれど。
彼の言う通り、その人たちとのつながりをもっと大事にすべきだったのかもしれない。
「友達は何時に来るの? もう日が落ちるのも早いから、あんまり暗くなると危ないよ」
ふと彼が、緑の天井から夜空を探すように見上げた。
いつのまにか太陽の光は消えて、闇が私たちを飲み込もうとしていた。
「あ……。……友達、実は用事があって来れないみたいで……。待ってたら来るかなって思ってたんですけど、やっぱりだめみたいですね。もう遅くなっちゃうので帰ります」
植村くんのことを本当に待っていたわけではなかったけれど、諦めたふりをして大きく会釈をした。
結局、彼から得た情報といえば〝何年願っても叶わないものは叶わない〟ということだけ。
けれど、彼の雰囲気は穏やかで、ちょっとだけ癒されてしまった。
大きな傷を持っている私たち。悲しみをわけ合う、というほど私は何も話せはしなかったけれど、同じように苦しみを耐えている人がいるのだと思うだけで少し元気が出てきた。
「話、聞いてくれてありがとう。こんなこと誰にも話せないから、少し気が楽になっちゃったな。もう暗いから気をつけて」
彼も迷惑ではなかったようで、ほっとしながら別れた。神社の方まで戻って振り返ると、彼はまだ池を眺めているようだった。
〝ただの、友達、です〟
友達……。
友達、というか、知り合い、くらいの関係かもしれないけれど。
その友達はあと数時間で、他人になる。
これで、お別れだ。
アドバイスをくれたあの男の人には申し訳ないけれど、植村くんとの縁が切れても私は別に傷つかない。
むしろ呪いを解こうとする元凶がいなくなって、ほっとすらしてしまう。
……ただ。
いじめが始まってからはずっと友達がいなかったから、同年代の人とこんなに長い時間を過ごしたことは、新鮮だったな……。
〝はぁ、暑っちーな。今日何℃なん?〟
〝……えっと……今、34℃だって〟
〝はぁ? もうすぐ秋だろ。日本、意味わからん〟
神社の正面まで来たところで足を止めた。
不意に、ベンチでぼんやりしていた時の植村くんとの会話が頭をよぎっていた。
思い返すと、ただただ時間の隙間を塗りつぶしているような、意味のない会話ばかりだった。植村くんが話しかけてくるから答えるだけの、機械のような作業。
池の調査といっても来る人なんて一日に何人もいないから、関係のない話をしている時間の方が長かった。
〝お前、電話しても留守電率高くね? 別にいーけど、ちゃんと聞いてんのか不安になるんだけど〟
〝私電話嫌いだし、親がそばにいる時は出れないから……。植村くんってチャットはしないの?〟
〝俺スマホ打つの遅いから。電話のが手っ取り早くていーじゃんか〟
〝えぇ? 練習してよ……〟
なんとなく、聞いてみた。
ここにいるかもしれない、不思議な力を持った何かのことを信じられなくなっていた。
「さぁ……どうなんだろうね。神さまなら、少なくともそこの神社には祀られてるはずだけどね」
神社には神さまはいるだろうけど、ここは池。たしかに実際には何もいないのかもしれない。
それでも、願いを叶えたくて。
じっとしてなんかいられなくて。
藁にもすがる思いで、私たちはここに来たんだろう。
「君も何かお願いしたの?」
彼が水面を指差し、唐突に聞いてきた。
思いがけず質問をされて、言葉か浮かばなくなってしまった。
お願いはしたことはあるけれど、詳しくは話せない。それに話したら、初対面だというのにさらに空気を重くしてしまう。
結局、濁すことしかできなかった。
「あ、いえ……私は何も。人と待ち合わせしてただけで……」
すると彼は少し意地悪そうな顔をして笑った。
「こんな夕暮れに待ち合わせ? 恋人、とか?」
「いえ! ……ただの、友達、です」
咄嗟に出た友達、の言葉に違和感を覚えながらも、それくらいしか説明する単語を思いつけなかった。
この前、植村くんと友達になるわけないと心の中で思ったくせに、何を言ってるんだろう。
目の前の彼は正直に願いを打ち明けてくれているのに、私はうそばかりついていて申し訳なくなる。
「そっか。友達でも恋人でも大切にね。人の縁なんて、つながるのは難しいくせに、切れるのはあっという間だから……」
説得力のある言葉に、小さく頷いた。こんな時にも目尻に穏やかな皺を作れる彼は、とてもやさしい心を持っているのだろうと思えた。
人の縁なんて、切れるのはあっという間……。
それは奇しくも、今の私の状況にぴったりと当てはまっていた。
次の日の夜には切れてしまう、私と誰かのつながり。十四歳の夏、私は両手いっぱいに結んでいたはずのさまざまな人たちとの糸を、すべて断ち切ってしまった。
それでもあの頃、私は周りの人たちとの縁が切れたショックよりも、いじめがなくなったことに喜びを感じていたけれど。
彼の言う通り、その人たちとのつながりをもっと大事にすべきだったのかもしれない。
「友達は何時に来るの? もう日が落ちるのも早いから、あんまり暗くなると危ないよ」
ふと彼が、緑の天井から夜空を探すように見上げた。
いつのまにか太陽の光は消えて、闇が私たちを飲み込もうとしていた。
「あ……。……友達、実は用事があって来れないみたいで……。待ってたら来るかなって思ってたんですけど、やっぱりだめみたいですね。もう遅くなっちゃうので帰ります」
植村くんのことを本当に待っていたわけではなかったけれど、諦めたふりをして大きく会釈をした。
結局、彼から得た情報といえば〝何年願っても叶わないものは叶わない〟ということだけ。
けれど、彼の雰囲気は穏やかで、ちょっとだけ癒されてしまった。
大きな傷を持っている私たち。悲しみをわけ合う、というほど私は何も話せはしなかったけれど、同じように苦しみを耐えている人がいるのだと思うだけで少し元気が出てきた。
「話、聞いてくれてありがとう。こんなこと誰にも話せないから、少し気が楽になっちゃったな。もう暗いから気をつけて」
彼も迷惑ではなかったようで、ほっとしながら別れた。神社の方まで戻って振り返ると、彼はまだ池を眺めているようだった。
〝ただの、友達、です〟
友達……。
友達、というか、知り合い、くらいの関係かもしれないけれど。
その友達はあと数時間で、他人になる。
これで、お別れだ。
アドバイスをくれたあの男の人には申し訳ないけれど、植村くんとの縁が切れても私は別に傷つかない。
むしろ呪いを解こうとする元凶がいなくなって、ほっとすらしてしまう。
……ただ。
いじめが始まってからはずっと友達がいなかったから、同年代の人とこんなに長い時間を過ごしたことは、新鮮だったな……。
〝はぁ、暑っちーな。今日何℃なん?〟
〝……えっと……今、34℃だって〟
〝はぁ? もうすぐ秋だろ。日本、意味わからん〟
神社の正面まで来たところで足を止めた。
不意に、ベンチでぼんやりしていた時の植村くんとの会話が頭をよぎっていた。
思い返すと、ただただ時間の隙間を塗りつぶしているような、意味のない会話ばかりだった。植村くんが話しかけてくるから答えるだけの、機械のような作業。
池の調査といっても来る人なんて一日に何人もいないから、関係のない話をしている時間の方が長かった。
〝お前、電話しても留守電率高くね? 別にいーけど、ちゃんと聞いてんのか不安になるんだけど〟
〝私電話嫌いだし、親がそばにいる時は出れないから……。植村くんってチャットはしないの?〟
〝俺スマホ打つの遅いから。電話のが手っ取り早くていーじゃんか〟
〝えぇ? 練習してよ……〟