誰もいないこの世界で、君だけがここにいた
*
「……なにそれ」
井澄神社にたどり着くと、石段の一番上に座っていた植村くんが挨拶もなしに呟いた。
その言葉の意味は聞かなくてもわかる。
私の髪型が異様なことになっていたからだ。
顔半分の、左側はいつものロング。でも右側は毛束ごとにいろいろな長さになってしまって、顎より上くらいだったり肩ぐらいだったりと、めちゃくちゃになっている。
昨日の朝、多田さんに切られたままの髪型だ。
植村くんはゆっくりと石段を降りてくると、私の前に立ち、短くなってはねた毛をひょいとつまんだ。
「……学校のやつらにやられた?」
頷かなかったけど、わざと押し黙ったから返事は通じていたと思う。
今の私の髪は長さが違ううえに、ぼさぼさ。昨夜はお母さんにもらったトリートメントを使うのももったいなくて、安いシャンプーだけで済ませてしまった。
お母さんの自慢の娘でいられるよう、みすぼらしくならないようにがんばってブローしてきた髪の毛。
お母さんに「栞莉は本当にきれいな黒髪してるね」と言われてからは特に大切に育ててきた髪の毛。
それを、あんなやつに台無しにされるなんて。
昨夜はお母さんにバレないように早く寝て、今朝は「ちょっと体調悪くてご飯作れないや」と髪を結んで顔だけ出した。
そしてお母さんが仕事に出たあと起きて、千円札を握りしめてここに来た。
「……私、今日、これから髪切りにいかないといけないから……」
今日の調査は、できない。
植村くんも空気を読んだのか、静かに頷く。
髪から指が離れて、耳元に感じていた植村くんの気配が薄まる。植村くんはそれ以上何も言わないものの、離れもしない。
植村くんが何を考えているかはわからなかったけれど、ひとまず本題に入った。
「……これでも、呪いは解けた方がいいの?」
呟いた声は、たまたま後ろを通りがかった車の音にかき消されそうになった。
怒鳴ってやろうと思っていたのに。こんなことで声が震えてしまうのが情けない。
でもここで話を止めるわけにいかず、俯いたまま続けた。
「わかったでしょ……。もし植村くんが私の呪いを解いたら、毎日こういうことが起こるの。植村くんは駅のホームでしか私のことを見たことないだろうけど……学校ではもっとひどいことされてる。一週間で記憶がリセットされる今でもこんなことをされるんだから、もし呪いが解けていじめがエスカレートしたらどうなるかわからない。それでも……呪いを解きたいって、思うの?」
今日私が植村くんに会いにきたのは、これを言うためだった。
だから、わざと一日この髪を放置した。本当は昨日の放課後に髪を切りそろえに行くことはできたけど、考えて、今日まで待った。
植村くんに、私の現実をわかってもらうために。
自分のしていることはいいことなんかじゃないと、理解してもらうために。
……いや。
これは、ただの当てつけなのかもしれない。
こんなことを面と向かって言えるのは、植村くんしかいなかったから。
言いたいことがあるなら、多田さんに言えばいいのに。植村くんに言ったところで意味なんかないのに。
私はただ、この悔しさを誰かにぶつけたくて今、植村くんに話している。
多田さんでも、学校の先生でも、お母さんでもなく。話だけは聞いてくれる、無関係の、植村くんに。
私は……嫌な女だ。
「……もう、調査なんて、やめるから」
植村くんは返事をしなかった。
何も言えなかったのだろう。私の八つ当たりに。
でも、呪いが解けたらいじめがエスカレートするのは事実。
植村くんの行為は私にとって危険でしかない。だから。
こうするしか、ないんだ……。
右側の短い髪の毛が、首に触れてちくちくと痛む。早く髪を切りにいこう。お金はないから、うちのそばにある千円カットに。
立ち去ろうとすると、ふと腕を掴まれた。
顔を向けると、眉間に皺を寄せた植村くんの顔があった。
「なに……」
植村くんは私の問いに答えず歩き出す。
手を振り払おうとしても、どうせ私の力じゃ植村くんに太刀打ちできないのだろう。
私は黙って、仕方なく植村くんの後についていった。
「……なにそれ」
井澄神社にたどり着くと、石段の一番上に座っていた植村くんが挨拶もなしに呟いた。
その言葉の意味は聞かなくてもわかる。
私の髪型が異様なことになっていたからだ。
顔半分の、左側はいつものロング。でも右側は毛束ごとにいろいろな長さになってしまって、顎より上くらいだったり肩ぐらいだったりと、めちゃくちゃになっている。
昨日の朝、多田さんに切られたままの髪型だ。
植村くんはゆっくりと石段を降りてくると、私の前に立ち、短くなってはねた毛をひょいとつまんだ。
「……学校のやつらにやられた?」
頷かなかったけど、わざと押し黙ったから返事は通じていたと思う。
今の私の髪は長さが違ううえに、ぼさぼさ。昨夜はお母さんにもらったトリートメントを使うのももったいなくて、安いシャンプーだけで済ませてしまった。
お母さんの自慢の娘でいられるよう、みすぼらしくならないようにがんばってブローしてきた髪の毛。
お母さんに「栞莉は本当にきれいな黒髪してるね」と言われてからは特に大切に育ててきた髪の毛。
それを、あんなやつに台無しにされるなんて。
昨夜はお母さんにバレないように早く寝て、今朝は「ちょっと体調悪くてご飯作れないや」と髪を結んで顔だけ出した。
そしてお母さんが仕事に出たあと起きて、千円札を握りしめてここに来た。
「……私、今日、これから髪切りにいかないといけないから……」
今日の調査は、できない。
植村くんも空気を読んだのか、静かに頷く。
髪から指が離れて、耳元に感じていた植村くんの気配が薄まる。植村くんはそれ以上何も言わないものの、離れもしない。
植村くんが何を考えているかはわからなかったけれど、ひとまず本題に入った。
「……これでも、呪いは解けた方がいいの?」
呟いた声は、たまたま後ろを通りがかった車の音にかき消されそうになった。
怒鳴ってやろうと思っていたのに。こんなことで声が震えてしまうのが情けない。
でもここで話を止めるわけにいかず、俯いたまま続けた。
「わかったでしょ……。もし植村くんが私の呪いを解いたら、毎日こういうことが起こるの。植村くんは駅のホームでしか私のことを見たことないだろうけど……学校ではもっとひどいことされてる。一週間で記憶がリセットされる今でもこんなことをされるんだから、もし呪いが解けていじめがエスカレートしたらどうなるかわからない。それでも……呪いを解きたいって、思うの?」
今日私が植村くんに会いにきたのは、これを言うためだった。
だから、わざと一日この髪を放置した。本当は昨日の放課後に髪を切りそろえに行くことはできたけど、考えて、今日まで待った。
植村くんに、私の現実をわかってもらうために。
自分のしていることはいいことなんかじゃないと、理解してもらうために。
……いや。
これは、ただの当てつけなのかもしれない。
こんなことを面と向かって言えるのは、植村くんしかいなかったから。
言いたいことがあるなら、多田さんに言えばいいのに。植村くんに言ったところで意味なんかないのに。
私はただ、この悔しさを誰かにぶつけたくて今、植村くんに話している。
多田さんでも、学校の先生でも、お母さんでもなく。話だけは聞いてくれる、無関係の、植村くんに。
私は……嫌な女だ。
「……もう、調査なんて、やめるから」
植村くんは返事をしなかった。
何も言えなかったのだろう。私の八つ当たりに。
でも、呪いが解けたらいじめがエスカレートするのは事実。
植村くんの行為は私にとって危険でしかない。だから。
こうするしか、ないんだ……。
右側の短い髪の毛が、首に触れてちくちくと痛む。早く髪を切りにいこう。お金はないから、うちのそばにある千円カットに。
立ち去ろうとすると、ふと腕を掴まれた。
顔を向けると、眉間に皺を寄せた植村くんの顔があった。
「なに……」
植村くんは私の問いに答えず歩き出す。
手を振り払おうとしても、どうせ私の力じゃ植村くんに太刀打ちできないのだろう。
私は黙って、仕方なく植村くんの後についていった。