誰もいないこの世界で、君だけがここにいた
「あるわねぇ。願いが叶う池でしょ? でも、調べるって何を?」
「歴史とか逸話とか、なんでもいーから。あと、あそこで願いが叶ったって情報があったらどんな条件で叶ったのか教えてほしいなー。生徒もよく行ってるっしょ?」
「なによそれ。あのねぇ、先生も忙しいのよ。そんなこと調べてどうするの」
「えーと、高校の宿題でさ。身近な場所を調べてまとめろって。専門家を頼って情報を得るのも経験のうちなんだよ」
地理の先生だから、専門家なのだろうか。
なんかお門違いな気もするけど、先生は困ったように微笑んでいる。
「まぁ、ちょっとやってみるけど。たぶん大したことはわからないわよ。期待しないで。あと、やるからにはあなたたちもちゃんと調べること」
「はいはい」
もう嫌というほど調査はしているけど、植村くんは素直に頷く。
返事は一回、と小学生を相手にしているように叱りながら、先生はまたカップに口をつけた。
「それにしても、卒業しても世話が焼ける生徒ね。植村くんは」
へへ、と子どもみたいに笑う植村くん。二人の顔を見比べて、不思議な気持ちになった。
二人がこんな関係性だったなんて。
私も先生にはお世話になったものだけれど、こんなどうでもいいことを頼めるほどの距離感じゃなかった。
元から私は自分の母親にすら甘え下手なところはあるから、比べることなんてできないけれど。先生は、私なんかとは比べものにならないくらい植村くんと親密だったのだろうか。
「先生……植村くんと、仲よかったんですか」
口にした瞬間、嫉妬、という文字が頭に浮かんで、もう高校生のくせにと恥ずかしくなってしまった。
「仲がいいっていうか。植村くん、喧嘩っ早くてどうしようもなかったのよね。私一度止めに入って殴られかけたこともあったんだから。散々だったわ」
それからは、思い出話に花が咲いた。
といっても、話題は植村くんのことばかりだ。
入学して一週間もたたないうちに高学年の先輩に因縁をつけられて、殴り合いの喧嘩になったとか。
煙草を吸おうとしていたのを街なかで塚本先生に見つかって、二時間追いかけ回されたとか。
毎度の遅刻に呆れた塚本先生が、近くに住んでいた植村くんを朝迎えに行っていた時期があるとか。
植村くんの武勇伝は数限りなく、いくら噂に疎い私でもその話を聞き逃していたことに驚いてしまうくらいだった。
やんちゃといえば聞こえはいいけど、本当に不良。担任の先生もさぞかし頭を悩ませたことだろう。
そんな植村くんがどうして今、いじめられっこの私の横にいるのかよくわからない。
一時間ほど話し込んで、植村くんがトイレに立つと、先生は昔と変わらない柔らかな視線で私を包み込んだ。
「笠井さん。植村くんとは仲はいいの?」
カレシ、とか、踏み込んだことを聞かないところが先生らしい。
仲がいいかはわからないけれど、とりあえず先生の笑顔が見たくて頷いた。
「はい」
「そう。よかった」
先生の心底ほっとしたような表情に、なぜか胸が痛む。
中学の頃に見ていた、先生のやさしい笑顔の記憶にモザイクがかかっていく。
「植村くんって放っておくとなんでも突っ走っちゃうから心配だわ。笠井さん、植村くんを頼むわね」
その言葉に、ぎこちない笑みしか返せなかった。
植村くんが戻ってくると話題は最近の中学の近況に変わって、懐かしい先生たちや毎年の行事の話に盛り上がった。
「歴史とか逸話とか、なんでもいーから。あと、あそこで願いが叶ったって情報があったらどんな条件で叶ったのか教えてほしいなー。生徒もよく行ってるっしょ?」
「なによそれ。あのねぇ、先生も忙しいのよ。そんなこと調べてどうするの」
「えーと、高校の宿題でさ。身近な場所を調べてまとめろって。専門家を頼って情報を得るのも経験のうちなんだよ」
地理の先生だから、専門家なのだろうか。
なんかお門違いな気もするけど、先生は困ったように微笑んでいる。
「まぁ、ちょっとやってみるけど。たぶん大したことはわからないわよ。期待しないで。あと、やるからにはあなたたちもちゃんと調べること」
「はいはい」
もう嫌というほど調査はしているけど、植村くんは素直に頷く。
返事は一回、と小学生を相手にしているように叱りながら、先生はまたカップに口をつけた。
「それにしても、卒業しても世話が焼ける生徒ね。植村くんは」
へへ、と子どもみたいに笑う植村くん。二人の顔を見比べて、不思議な気持ちになった。
二人がこんな関係性だったなんて。
私も先生にはお世話になったものだけれど、こんなどうでもいいことを頼めるほどの距離感じゃなかった。
元から私は自分の母親にすら甘え下手なところはあるから、比べることなんてできないけれど。先生は、私なんかとは比べものにならないくらい植村くんと親密だったのだろうか。
「先生……植村くんと、仲よかったんですか」
口にした瞬間、嫉妬、という文字が頭に浮かんで、もう高校生のくせにと恥ずかしくなってしまった。
「仲がいいっていうか。植村くん、喧嘩っ早くてどうしようもなかったのよね。私一度止めに入って殴られかけたこともあったんだから。散々だったわ」
それからは、思い出話に花が咲いた。
といっても、話題は植村くんのことばかりだ。
入学して一週間もたたないうちに高学年の先輩に因縁をつけられて、殴り合いの喧嘩になったとか。
煙草を吸おうとしていたのを街なかで塚本先生に見つかって、二時間追いかけ回されたとか。
毎度の遅刻に呆れた塚本先生が、近くに住んでいた植村くんを朝迎えに行っていた時期があるとか。
植村くんの武勇伝は数限りなく、いくら噂に疎い私でもその話を聞き逃していたことに驚いてしまうくらいだった。
やんちゃといえば聞こえはいいけど、本当に不良。担任の先生もさぞかし頭を悩ませたことだろう。
そんな植村くんがどうして今、いじめられっこの私の横にいるのかよくわからない。
一時間ほど話し込んで、植村くんがトイレに立つと、先生は昔と変わらない柔らかな視線で私を包み込んだ。
「笠井さん。植村くんとは仲はいいの?」
カレシ、とか、踏み込んだことを聞かないところが先生らしい。
仲がいいかはわからないけれど、とりあえず先生の笑顔が見たくて頷いた。
「はい」
「そう。よかった」
先生の心底ほっとしたような表情に、なぜか胸が痛む。
中学の頃に見ていた、先生のやさしい笑顔の記憶にモザイクがかかっていく。
「植村くんって放っておくとなんでも突っ走っちゃうから心配だわ。笠井さん、植村くんを頼むわね」
その言葉に、ぎこちない笑みしか返せなかった。
植村くんが戻ってくると話題は最近の中学の近況に変わって、懐かしい先生たちや毎年の行事の話に盛り上がった。