誰もいないこの世界で、君だけがここにいた
第六話
植村くんとはじめて会ったのは、入道雲が空高くそびえ立つ九月中旬のことだった。
まだ暑さが残るものの、秋がゆっくりと足音を立てて近づいてくる季節だった。
今はもう、半袖でなんかいられない。通学時には薄手のコートを羽織っている。季節の変わり目は、妙に時間が経つのが早く感じる。
たった、二ヶ月。
でもこの二ヶ月を、私はずっと忘れないと思う。
一歩家から出れば私を見ている人はいないと思っていた。そんな私を変えてくれた、かけがえのない時間だった。
今は、また一人。
勿忘の池の前に、私は一人で来ていた。
別に調査はしていない。誰かが来ても話しかけることはなく、景色を堪能しているふりをしながら彼らたちを見守るだけ。
ただ、この池で幸せそうにお祈りをする人たちを見るのは、少し複雑な気持ちにはなってしまうけれど……。
来訪者がいなくなって、三十分。
まだ怖がっている自分の胸に、子どもに言い聞かせるように話しかけた。
——呪いを、解かなきゃ。
でも、どうしたらいいのかわからない。
どうやったら、呪いは解けるの?
「……池の、神さま」
手すりの前に立ち、静かに手を合わせた。
植村くんと離れて一週間が経つ。
孤独と恐怖を押し退け、私はようやく一歩を踏み出そうとしていた。
「中学生の頃は……私の願いを叶えてくれてありがとうございました。おかげで私、いじめをしていた子から忘れられて、なんとか中学の三年間を乗り切ることができました。とても感謝しています」
あの頃を思い出しながら言葉にした。
中学の頃、追い詰められていた私は本当にあの願いに救われていた。
「もうひとつ、お願いがあるんです。……私のこの体を、元に……戻してくれないでしょうか」
手のひらが震えないように、指と指を強く重ね合わせた。
「勝手なこと、言ってると思います。調子のいいこと言ってると思います。でも私……どうしても、忘れられたくない人が、いるんです」
頭の中に、植村くんのふざけた笑顔がよぎる。
忘れられたくないのは、お母さんや今後未来で出会うであろう人たちのこと。なのに性懲りもなく出てくるなんて、相変わらずでしゃばりな人だ。
うるさくて、自分勝手で、お節介で。
でも……大事な、友達だった。
別に、呪いが解けたとしてもまた植村くんと同じ関係に戻ろうと思ってるわけじゃない。
むしろ、あんなに迷惑をかけた私にそんな資格はない。
もしこの呪いが解けたとして、その間に失っていた記憶が戻ってくるのかはわからないし。たとえ記憶が戻ったとしても、合わせる顔がない。
ただ、彼が私のことを忘れないよう努力してくれたことを、無駄にはしたくないから。
もう誰にも、嫌な気持ちにはさせたくないから。
「神さま。今でも私、いじめを受けています。きっと元に戻ったら、また悲惨な目に遭うと思います。でも……」
乗り越えてみせる。
一人でも。……ううん。
一人じゃない。
私を見てくれる人は、きっとどこかにいるから。
「幸せを、諦めたくないんです。よろしく、お願いします」
私は、やる。