誰もいないこの世界で、君だけがここにいた
それでも、願いは届かなかった。
月曜日、教室に入っても私のことを見ている生徒はいなかった。
仮に呪いが解けたとしても、朝から気軽に私に挨拶してくれるクラスメイトなんていないのだけど。多田さんが、私のことなんか気にせずに友達と楽しそうに話しているのが忘れられている証拠。
私はやっぱり、〝友達のいない、ただクラスが同じというだけのクラスメイト〟だ。
自分で願ってみても、関係ないのかもしれない。
願いはそう簡単には届かない。
それでも……。
「池の神さま。お願いします」
毎朝早起きして、学校に行く前に勿忘の池に立ち寄った。
今の私には、地道に、気持ちを込めて祈り続けることしかできない。
このやり方しか思いつかない。
いつか、届くと信じて。
私の気持ちが伝わると信じて。
でも……。
前にここで出会った、別れた女性を想い続けているあの男の人は、何年願っても願いは通じていない。
こうじゃない。
こうじゃないんだ。
呪いを解く方法なんて、存在しないかもしれない。
何をしたところで、無駄なのかもしれないけれど。
考えなきゃ。方法が違うだけなのだと、信じて。
植村くんが何度でも作戦を練って、挑戦し続けてくれたみたいに。
「ねぇ、あんた。本当に植村陸と付き合ってんの?」
ある日、トイレに行く途中ですれ違いざまに多田さんに話しかけられた。
そういえば、とでもいうように、私の腕をがっちりと掴んで立ち止まらせる。その目つきはやっぱり先生やクラスメイトにいつも向けている明るいものじゃなくて、公衆トイレの側で具合が悪そうにしゃがんでいる酔っ払いでも見るかのような、冷めた視線だった。
急なことに、返す言葉が出てこない。
いきなり植村くんの話をし出すなんて。
記憶が戻ったの?
……いや、違う。
私のことは忘れても、植村くんとの記憶は残っているからだ。多田さんはあの日曜日、私と植村くんと偶然会った時の、植村くんと話した内容ははっきりと覚えている。
そしてそこに私がいた、ということも、うっすらと記憶には残っている。
その事実を思い返して、はっとした。
これで、いじめを引き寄せるきっかけが増えてしまった。
植村くんが私を擁護しようとしていた態度は、多田さんの記憶に刻まれている。その記憶は、多田さんの中に〝笠井のくせにカレシがいるなんてナマイキだ〟という気持ちを植え付けたに違いない。
どうしたら……。
〝逃げたい時は、逃げたらいいだろ〟
不意に、植村くんの言葉が頭に響いた。
こういう時、いつもの私なら「知らない」などと呟きながら一目散に教室へと逃げていた。
みんながいる前なら、多田さんは大それたことはしないから。それが一番のやり方だった。もちろん、逃げさせてもらえずひどい罵声を浴びせられることも多々あったけど。
ただ。
今は……。
「……付き合って、ないよ……。でも、大切な友達」
正直に、話したいと思った。
ただ、少しうそ。友達、というのはもう過去形になってしまったけれど。
恋愛関係にはない、ただの友達。そうは言っても、多田さんは私に男友達がいることすらおもしろくはないだろうから身構えてしまう。
かと思えばそんなことはなく、多田さんはぷっと吹き出して私の腕を離した。
「ふーん、友達ね。底辺同士、お似合いだわ」
そう言って、蔑むように笑いながら教室へと歩いていった。
その後ろ姿を、じっと見つめる。
……いつもの私なら、この程度で終わってよかったとほっとするところだ。
でもね、植村くん。
〝別に、戦いたくなければ戦わなくていいから〟
私にも、あるのかもしれない。
戦いたい時が。
植村くんが、私をいじめている相手が多田さんだと悟った瞬間、食ってかかった時みたいに。
私も。
本当は、友達のことを悪く言われるのはとても、傷つくから。
「底辺って……どういう意味?」
心の底では怖いと思っているのに、言葉は滑り落ちるように出てきた。
多田さんが足を止める。一瞬だけ戸惑いを感じるような間があったものの、すぐ振り返って、笑みを零した。
「そんなこともわかんないの? 最下層の人間ってこと。二人とも、クラスの中で誰にも好かれない、最低ランクの、クズ同士の人間でしょ。だからお似合いだなーって納得しちゃっただけだよ」
そう言われて、思い出した。
私も最初、植村くんを見た時に植村くんのことをランク付けしたんだ。
印象は多田さんとは逆で、私は植村くんのことを学校のヒエラルキーの頂点にいる人だと思った。
見た目が強くて。言いたいことをズバズバ言って。
誰にも臆さない、自分の意思でなんでも突き進んでいく人。
でも……。