誰もいないこの世界で、君だけがここにいた
「これにね……いつも入ってたの。笠井さんの動画が」

 佐倉さんがスマホを自分の方に向け、動画を再生する。
 その中から、「髪にガムついてるよ」とおどける多田さんの声が聞こえてきた。

「いつもね、笠井さんが多田さんに嫌なことされそうになった時……これ、撮っておいた方がいいんじゃないかって思ってた。それでおそるおそるスマホを開けたらね、もう、あるの。笠井さんと多田さんの、たくさんの過去の動画が。それでね、あぁ私、無意識にいつも二人の動画撮ってたんだって、いつもびっくりするの……」

 佐倉さんが、勝手に撮ってごめん、と申し訳なさそうに呟いた。
 ……佐倉さん、証拠を残してたんだ。
 毎週、記憶を失っていたはずなのに。毎回。毎回。
 そういえば、最近になって私と多田さんが廊下で喧嘩をしていた時、いつも最初に飛び出して来て止めてくれたのは佐倉さんだった。
 いつもなら、素早く隠れてスマホをかまえていたところなのかもしれないけれど。
 あんなに大っぴらに喧嘩を始めた私たちを見て、それどころじゃなくなったのかもしれない。

「……私、怖くて……」

 動画を止めると、佐倉さんはそれを胸に抱き、表情も見えないくらいに俯いた。

「私、小さい頃……多田ちゃんと仲がよかったの。なのに、だんだん多田ちゃん、明るい子たちと遊ぶようになって。中学が離れて、高校は偶然同じこの学校に入学したんだけど、そのあとも私のことなんか知らないって感じで他の子と遊んでて……」

 多田さんと佐倉さんの、それぞれの交友関係を思い返した。
 二人は似ても似つかない、違うタイプの人たちといつも一緒に過ごしていた。

「多田ちゃんも付き合いたい友達はいるだろうから、それも仕方ないのかなって思ってた。……でも前に、多田ちゃんが笠井さんに嫌がらせをしているのを見かけて。その時一度だけ話しかけたんだけど、全然取り入ってくれなかった。それで、次は私が狙われるのかも、って思ったら、怖くなって……。それで動画撮り始めたの。そんなつもりなかったのに。……私、多田ちゃんのこと、本当に好きだったのに」
「……ごめんね」

 私が、追い詰めたんだ。
 私がいじめられているのを見てしまったから。
 私がただただやられっぱなしなのを、見てしまったから。
 多田さんは今、停学になっている。
 佐倉さんが先生に見せた動画で、先生たちは多田さんがいじめをしていたことを認めた。そして高校の判断は義務教育の小・中学校よりも厳しく、停学という判断が下されたけれど、噂では多田さんは開き直って自主退学すると言われている。
 周りの生徒たちも冷めていた。
 多田さんからメッセージから来たけれど、まだ返してないと言っていた子がいた。
 面倒だから無視してると言った子もいた。
 多田さんの空気に流されて、一緒に私を笑っていた子もいたのに。
 人の心は状況に応じて変わってしまう。

「ごめんなさい……。私、本当は自分のことばかり考えてた。自分を守りたくて。怖くて。本当は、多田ちゃんのことも、笠井さんのことも、誰のことも考えてなくて……。転校なんてことになってしまって、本当にごめんなさい」

 佐倉さんは俯いたまま、涙声で謝り続ける。もう何も言っても通じないような、そんな雰囲気があった。
 全然知らなかった。佐倉さんの想い。
 昔の友達が変わってしまって、少しずつよくない道に進んでしまって。
 それを止めたい気持ちと、怖いと思う気持ち。
 ……でも。その気持ち、こそが。
 自分のことだけを考えていたわけじゃない、佐倉さんのやさしさなんじゃないかと思う。
 私は近寄ると、佐倉さんのスマホを抱く手に触れた。
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