誰もいないこの世界で、君だけがここにいた
「……ねぇ。動画、消してもらってもいい?」
目に涙を溜めた佐倉さんが、驚いたように顔を上げた。
でも、少しの間を置いて頷いてくれた。
ゆっくりとスマホを操作し、ひとつの動画を表示させる。再生する前だから表示されているのは静止画だけれど、私が髪を切られた時の動画だ。
数タップであっさりと消えていく。
佐倉さんがせっかく集めてくれた、証拠。
だけれど、このデータはもう佐倉さんのそばに置いておくべきじゃないと思った。
その記録が、佐倉さんを苦しめているように見えたから。
先生に、データまで渡したのかはわからない。データを消したところで、佐倉さんの頭の中にも私の頭の中にも、記憶は永遠に残ってしまうのかもしれない。
でも、そんな悲しい記憶はもう必要ない。
好きだった友達が、クラスメイトをいじめている映像。そんなものは、佐倉さんの手の中にあるべきじゃないと思えた。
佐倉さんがひとつずつ動画を消していく。
その作業を、私はそっと眺めていた。
「私、うれしかったよ。佐倉さんが私を助けてくれたこと。それが、誰のためであったとしても、自分のためであったとしても、私には救いだったの」
佐倉さんは全部自分のためだと言ったけれど、たぶんそうじゃない。
変わってしまった多田さんを、勇気を出して止めようとした。
ちぎられた私の漢文のテストを、一緒になって片付けてくれた。
それはやっぱり、相手のことを思ってのことだと思う。
人は本来、自分を一番に考えるのが自然だと思うけれど。佐倉さんは自分が考えているような、冷たい人間じゃない。
誰よりも友達のことを考えている、やさしい人だ。
全部の動画を消し終えると、佐倉さんは寂しそうな顔をしていた。
いつまでもカラになったアルバムを見つめている佐倉さんに、私はそっと声をかけた。
「もし……佐倉さんがよければ、多田さんがまた学校に戻ってきてもらうように、言ってくれないかな。私はもうこの学校からいなくなるから。多田さんも、この学校に残っても転校しても、どっちにしろ大変かもしれないけど……この学校には佐倉さんがいるし」
佐倉さんは目を伏せ、唇を結んだ。
「……わかんない。そもそも私が先生に動画を見せたんだし。私、もう多田ちゃんに嫌われてるから……」
「……そっか」
きっと、佐倉さんと多田さんの仲はもう修復できないくらい拗れてる。
でも、佐倉さんは私と多田さんの喧嘩を止める時、ずっと多田さんのことを見ていた。
佐倉さんの多田さんへの気持ちが、今でも小さい頃のように、ずっと強いままでいたのなら……。
「……でもね。もし多田さんも転校する道を選んだとしても、佐倉さんがそばにいたら何か変わるかもしれないから。もし気が向いたら、多田さんのそばにいてあげてほしい。打ちのめされて、周りに人がいなくなった時、一人じゃないんだって思わせてくれる人は私にとって……本当に救いだったんだ」
佐倉さんは何も言わずに私を見つめる。
私はポケットからスマホを取り出すと、カメラを起動させた。
そして、少し躊躇しながら、聞いた。
「佐倉さん……。一緒に写真、撮ってもいい?」
佐倉さんが少し驚いたように目を開く。その表情に、できる限り力強く微笑んでみせた。
きっと私たちは、もう会わない。
普通の生徒よりも大人しくて、積極性に欠ける私たちは、今近くにいる友達とつながり続けることに精いっぱいで。
学校を離れる元クラスメイトと親交を保てるほど、器用な人間じゃない。
でも。
佐倉さんのことを、忘れたくなかった。
この、頭の中と。
このスマホの中に、温かな記憶として残しておきたかった。
私にも、こんなにやさしい友達がいたんだと。
佐倉さんは自分もスマホのカメラを起動させると、ふっと笑った。
「……うん。ありがとう。私も撮らせて。あのね、笠井さんのこの動画、いつか消さなきゃなって思ってたんだけど……消したら、笠井さんのことも、多田ちゃんのことも、もう見えなくなってしまうんだなって思って消せなかったの。だから……うれしい」
目に涙を溜めた佐倉さんが、驚いたように顔を上げた。
でも、少しの間を置いて頷いてくれた。
ゆっくりとスマホを操作し、ひとつの動画を表示させる。再生する前だから表示されているのは静止画だけれど、私が髪を切られた時の動画だ。
数タップであっさりと消えていく。
佐倉さんがせっかく集めてくれた、証拠。
だけれど、このデータはもう佐倉さんのそばに置いておくべきじゃないと思った。
その記録が、佐倉さんを苦しめているように見えたから。
先生に、データまで渡したのかはわからない。データを消したところで、佐倉さんの頭の中にも私の頭の中にも、記憶は永遠に残ってしまうのかもしれない。
でも、そんな悲しい記憶はもう必要ない。
好きだった友達が、クラスメイトをいじめている映像。そんなものは、佐倉さんの手の中にあるべきじゃないと思えた。
佐倉さんがひとつずつ動画を消していく。
その作業を、私はそっと眺めていた。
「私、うれしかったよ。佐倉さんが私を助けてくれたこと。それが、誰のためであったとしても、自分のためであったとしても、私には救いだったの」
佐倉さんは全部自分のためだと言ったけれど、たぶんそうじゃない。
変わってしまった多田さんを、勇気を出して止めようとした。
ちぎられた私の漢文のテストを、一緒になって片付けてくれた。
それはやっぱり、相手のことを思ってのことだと思う。
人は本来、自分を一番に考えるのが自然だと思うけれど。佐倉さんは自分が考えているような、冷たい人間じゃない。
誰よりも友達のことを考えている、やさしい人だ。
全部の動画を消し終えると、佐倉さんは寂しそうな顔をしていた。
いつまでもカラになったアルバムを見つめている佐倉さんに、私はそっと声をかけた。
「もし……佐倉さんがよければ、多田さんがまた学校に戻ってきてもらうように、言ってくれないかな。私はもうこの学校からいなくなるから。多田さんも、この学校に残っても転校しても、どっちにしろ大変かもしれないけど……この学校には佐倉さんがいるし」
佐倉さんは目を伏せ、唇を結んだ。
「……わかんない。そもそも私が先生に動画を見せたんだし。私、もう多田ちゃんに嫌われてるから……」
「……そっか」
きっと、佐倉さんと多田さんの仲はもう修復できないくらい拗れてる。
でも、佐倉さんは私と多田さんの喧嘩を止める時、ずっと多田さんのことを見ていた。
佐倉さんの多田さんへの気持ちが、今でも小さい頃のように、ずっと強いままでいたのなら……。
「……でもね。もし多田さんも転校する道を選んだとしても、佐倉さんがそばにいたら何か変わるかもしれないから。もし気が向いたら、多田さんのそばにいてあげてほしい。打ちのめされて、周りに人がいなくなった時、一人じゃないんだって思わせてくれる人は私にとって……本当に救いだったんだ」
佐倉さんは何も言わずに私を見つめる。
私はポケットからスマホを取り出すと、カメラを起動させた。
そして、少し躊躇しながら、聞いた。
「佐倉さん……。一緒に写真、撮ってもいい?」
佐倉さんが少し驚いたように目を開く。その表情に、できる限り力強く微笑んでみせた。
きっと私たちは、もう会わない。
普通の生徒よりも大人しくて、積極性に欠ける私たちは、今近くにいる友達とつながり続けることに精いっぱいで。
学校を離れる元クラスメイトと親交を保てるほど、器用な人間じゃない。
でも。
佐倉さんのことを、忘れたくなかった。
この、頭の中と。
このスマホの中に、温かな記憶として残しておきたかった。
私にも、こんなにやさしい友達がいたんだと。
佐倉さんは自分もスマホのカメラを起動させると、ふっと笑った。
「……うん。ありがとう。私も撮らせて。あのね、笠井さんのこの動画、いつか消さなきゃなって思ってたんだけど……消したら、笠井さんのことも、多田ちゃんのことも、もう見えなくなってしまうんだなって思って消せなかったの。だから……うれしい」