栞の恋(リメイク版)
『おかしくないですか』
『というと?』
『晴樹さんの、その…距離のつめ方です』
軽く睨むような視線で、未だ飄々とした様子の晴樹さんを射抜く。
『こういったことは初めて…とおっしゃっていたわりには、やっぱり何だか女性の扱いに慣れているような』
『まさか。それは誤解だよ、栞』
『ほら、それですよ』
『…それ?』
『出逢ってすぐに、下の名前呼びとか。普通はできません』
ピシャリと言い放つと、こちらの物言いに、初めて慌てるそぶりを見せる。
『いやそれは…正直、普通はわからないのだが……そうか…困ったな』
晴樹さんは、組んだ手を解き、右手の人差し指と親指で顎を支えると、困惑の表情で窓の外に視線を移す。
少しだけ色の入ったガラス窓の向こうは、駅に続く年季の入った石畳。
2mにも満たないその路地の向かい側は、石積みの高い擁壁がそびえ、その上空からはハラハラと落ち葉が舞うように落ちていく。
ゆっくりと深まる秋の情景を眺めながら、彼はどうしたものかと小さく息を吐く。
自らが放った言葉でそうさせているくせに、そのアンニュイな横顔を見れば、どうにもあらがれない感情の高鳴りを感じてしまい、心が落ち着かない。
『晴樹君のそんな表情、初めて見たな』
ほどなく香ばしい珈琲の良い香りを運びながら、マスターが注文した飲み物を運んで来た。
”先ずはレディーファースト”と口にしながら、浅めの大きなティーカップを私の前に置き、次に晴樹さんの前に珈琲のカップが置かれる。
どちらも、シンプルな無地のアンティークカップで、真っ白ではなくベージュがかった色見がこの店らしかった。
『面白がらないでくださいよ、マスター』
『面白がっている訳じゃないさ。ただ、君をそんな風に困らせることができる彼女に、感心してるんだ』
そう言いながらも、笑いを堪えているようにも見える。
『ソレ完全に面白っがってるじゃないですか…って、美味いなこれ』
珈琲を口にして、思わず素直に感想を述べてしまった晴樹さんに、嬉しそうに『香りも良いだろ?』とマスター。
”珈琲に罪はない”とばかりに、燻らせる焙煎の香りを愉しみながら、晴樹さんはもう一口味わうように珈琲を口にする。
『というと?』
『晴樹さんの、その…距離のつめ方です』
軽く睨むような視線で、未だ飄々とした様子の晴樹さんを射抜く。
『こういったことは初めて…とおっしゃっていたわりには、やっぱり何だか女性の扱いに慣れているような』
『まさか。それは誤解だよ、栞』
『ほら、それですよ』
『…それ?』
『出逢ってすぐに、下の名前呼びとか。普通はできません』
ピシャリと言い放つと、こちらの物言いに、初めて慌てるそぶりを見せる。
『いやそれは…正直、普通はわからないのだが……そうか…困ったな』
晴樹さんは、組んだ手を解き、右手の人差し指と親指で顎を支えると、困惑の表情で窓の外に視線を移す。
少しだけ色の入ったガラス窓の向こうは、駅に続く年季の入った石畳。
2mにも満たないその路地の向かい側は、石積みの高い擁壁がそびえ、その上空からはハラハラと落ち葉が舞うように落ちていく。
ゆっくりと深まる秋の情景を眺めながら、彼はどうしたものかと小さく息を吐く。
自らが放った言葉でそうさせているくせに、そのアンニュイな横顔を見れば、どうにもあらがれない感情の高鳴りを感じてしまい、心が落ち着かない。
『晴樹君のそんな表情、初めて見たな』
ほどなく香ばしい珈琲の良い香りを運びながら、マスターが注文した飲み物を運んで来た。
”先ずはレディーファースト”と口にしながら、浅めの大きなティーカップを私の前に置き、次に晴樹さんの前に珈琲のカップが置かれる。
どちらも、シンプルな無地のアンティークカップで、真っ白ではなくベージュがかった色見がこの店らしかった。
『面白がらないでくださいよ、マスター』
『面白がっている訳じゃないさ。ただ、君をそんな風に困らせることができる彼女に、感心してるんだ』
そう言いながらも、笑いを堪えているようにも見える。
『ソレ完全に面白っがってるじゃないですか…って、美味いなこれ』
珈琲を口にして、思わず素直に感想を述べてしまった晴樹さんに、嬉しそうに『香りも良いだろ?』とマスター。
”珈琲に罪はない”とばかりに、燻らせる焙煎の香りを愉しみながら、晴樹さんはもう一口味わうように珈琲を口にする。