栞の恋(リメイク版)
『だから、僕は正直諦めてた。もうこのまま、生涯独り身も悪くないかも…とね』

ここで一旦言葉区切り、声音をワントーン落とす。

『あの日…君に出逢うまでは』

ドキッ…

全く視線を逸らすことなく静かに放つ言葉は、ストレートに心に響く。

その熱視線に耐えられず、つい泳ぐように目を逸らしてしまう。

『実はね、あの本屋で君に会った日、僕は栞が僕に気付く前から、君の存在には気が付いていたんだよ』
『…え』
『広い店の中で本を見定める間に、何度も同じブースで一緒になる君を、最初は訝しく感じていたんだ。もしや、自分を追ってきているんじゃないかってね』

カップを手に取り、残った珈琲を口に運びながら続ける。

『ところが君は、どんなに近くに…すぐ隣にいようと、僕の方など見向きもしない。そのうちに、この女性はただ純粋に本が好きなだけなんだと気付いたら、逆にもっと気になってしまった。何せあの広く無数にある本の中で、無意識に選ぶジャンルや手にする本が、ことごとく僕とかぶっていたから』

窓からかすかに差し込む穏やかな夕刻の陽にさらされ、晴樹さんの整った顔の輪郭が綺麗に縁取られる。

ガラス窓に多少の遮光機能はあるものの、柔らかなオレンジの光が、ノスタルジックな店内を包み込んでいた。

『あの時…栞が本を落として、僕と目があった時…あの瞬間の衝撃は今も忘れられない』

フッと思い出したように笑い、眼鏡の奥の瞳が私をとらえる。

『僕はね、あの時何故だか、”やっとめぐり逢えた”と…そう思ったんだ』

胸の奥がキュッと震えた気がした。

”好き”でも”愛してる”でもない、なんてことのないセリフに、すべての想いが詰まっているような気がして、自分の中の何かが溢れ出そうになる。
< 18 / 26 >

この作品をシェア

pagetop