栞の恋(リメイク版)
『ちょっと、勝手な妄想もその辺にしなさいよ。笹森さん困ってるじゃない?』

そこで、女子更衣室の重鎮、翔子さんが高橋さんを嗜めた。

『え?あっ、ごめんごめん。妄想しすぎた?』
『いえ、全然大丈夫ですよ』

そう言いつつも、いつの間にか、自分自身も妄想の世界に引き込まれてしまっていたのか、何となくその先が気になってしまった。

『でも高橋さん、もし…もし仮に、そういう人が本屋にいたとして、どうやって、その…進展するんですかね?』

ありえないとわかっているのに、さりげなく対処方法を聞いてしまう。

『ん~それは…』

腕を組み、親指を顎に押し付けて、言い淀む高橋さん。

やはり高橋女史の鉄壁の妄想物語もここまでか。

どうやら、その先の展開までは、出来上がっていない様子だ。

『そこから先が、重要じゃないですかぁ?』

エリカが、絶妙なタイミングでツッコミを入れる。

苦肉の策なのだろうが、『そこは…私がフォローする?』と、小声で高橋さんが呟く。

『なんだ、そこでおしまいかぁ』

ガッカリしたエリカの声を聴きながら、ただの妄想話なのに、なぜかホッとしたような、それでいて残念なような気がするから不思議だ。

結局、高橋さんが詰めの甘さをみんなに責められたところでランチタイムが終わる時間が近づき、各々が午後の業務に備えて準備をし始め、終わった人から次々に更衣室を後にする。

昼休み終了まで、残り5分。

この更衣室のある2階に自分の執務室がある高橋さんだけが、まだのんびりと畳の部屋で足を伸ばしていた。

相変わらず呑気な人だ。

自分も、そろそろ3階の執務室へ戻ろうと、更衣室のドアを開けると、

『栞ちゃん』

高橋さんに呼び止められた。

『はい?』

ドアに手をかけたまま、振り向く。

『太い黒縁眼鏡だからね』
『は?』
『彼のイメージ』

にっこり微笑みながら、そう口にする。

ああ、まだ続いていたのかと、少々うんざりしながらも

『わかりました。覚えておきますね』

笑顔で大人の対応を忘れない。

『良い?間違っても、銀縁じゃないよ。黒縁ね』

ドアを閉める直前にも、後ろから高橋さんの念を押すような声が聞こえたけれど、もう相手をしている時間が無いので、今度は聞こえないふりをして、返事は返さなかった。

急ぎ3階に上がる階段を昇りながら、高橋さんのいかにも人の良さそうなぽっちゃり姿を思い浮かべ、あの人、あれ(妄想)さえなければ、ホント良い人なんだけどなぁ…と、小さく溜息を吐いた。
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