栞の恋(リメイク版)
何となく半歩先を行く、彼の後をたどりながら、何故だか唐突に切ない気持ちが押し寄せる。

…何だろう?この感情は。

晴樹さんの手が離れた瞬間から、どうしようもなく湧き上がる、焦燥感にも似た不思議な感覚。

触れていた手から、全身に駆け巡る、何かを求める欲求の高鳴り。

それが何かを考える前に、自然と身体が動いてしまう。

前を歩く晴樹さんの右手…先ほど私の手を包んでいた手を、今度は私の方から両手でふわりと掴んでしまった。

『…栞?』

晴樹さんはもう一度立ち止まり、驚いてこちらを見つめる顔には、困惑の表情が見て取れる。

それはそうだろう。

たった今、拒んだ形で引いた手を、今度はこちらから求めたのだから。

『あ、あの…これは』
『良いんだ』
『え』
『無理に僕に合わせることはないから』

耳障りの良い低めの声で話す言葉は、私の心を震わせる。

『確かに君を見つけて、すっかり舞い上がってはいるが、僕だって”理性”は持っている。ゆっくり…栞のペースで構わない』

晴樹さんの手を包む私の両手を、ほどいても良いのだと、もう一方の手が触れると、今度は剝がされたくないと、さらに強く握り返してしまう。

『栞?』
『…違うんです』
『違う?』
『違うの…自分でもよくわからないのだけど、どうしてか、この手を離したくない』

絞り出すように口にした言葉は、偽り一つない透明な感情。

触れた手の先から流れてくる温かなものに、何かが溶けていくように込みあがってくる。

『お願い…手を離さないで』

気付けば、大粒の涙が溢れてしまっていた。

黄土色のタイルが幾何学な模様を作る洒落た歩道に、いくつかの雫が落ちて、自分の気がふれてしまったのではないかとさえ思う。
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