かげろうの月
 いつもよりずっと遅い深夜 12時頃に、尚哉は帰って来た。
「ただいま」
と尚哉の声。
「昨日は仕事で遅くなったから会社に泊まった」
私が「昨日はどうしたの?」と聞く前に理由を尚哉は言った。
さらに、私と目を合わせることなく続けた。
「ご飯は食べて来た。疲れたからもう寝る」
私を避けるように寝室に行ってしまった。

 ほんとうに会社に泊まったのだろうか……。
 私と夫は同じ会社で、所属する部署は違っていたが、そこで知り合って結婚した。
会社には、そんな寝泊まり出来るような場所は無かったように思う。
 疑惑を拭い去ることは出来ないが、尚哉の言った事が、本当であって欲しいと願うばかりだ。

 尚哉の無断外泊の理由が「会社に泊まった」という一言だけで、また以前のような日常の生活が始まっていた。
 子育てに、尚哉のご飯作り、掃除に洗濯、でも以前とは何かが変わっていた。
今までとは違う空気を感じたいた。 

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