面倒な恋人


それから慎也さんの行動は早かった。

「僕たち、お互いの気持ちを確かめたので付き合うことにしました」

防音室から戻ったら、すぐにパーティーの席で家族に発表したのだ。
美琴さんは大喜びするし、奥村の両親は顔を真っ青にするしで大騒ぎになってしまった。

家族に噓をつくのは気が重かった。
でも、慎也さんが留学したあと美琴さんが落ち着くまでの短期間だけだと自分を納得させた。
このまま慎也さんと結婚するわけでもないし、短期間だけの小さな嘘だ。

兄は肩を並べている私たちを見てポカンとしていたが、唯仁は無表情のままだ。

慎也さんと付き合う相手が私では気に入らないのだろう。
『私なんかですみません。ニセモノなのでごめんなさい』と、心の中で謝った。

そのドタバタのまま男性陣はどこかに飲みに出かけてしまい、私は河村家に置いていかれてしまった。
美琴さんからは『慎也のどこが好きなの?』とか『デートはどこにいく?』と次々に話しかけられたが、なにも答えられなくて笑って誤魔化した。

(ニセモノだから、いい加減なことは言えないし)

それから何度か慎也さんとデートの真似事をしたけど、美琴さんたちへの偽装工作だ。
甘い雰囲気もなにもなくて、打ち合わせを兼ねて食事をして交際しているように見せかけた。

やがて慎也さんはドイツのハンブルグに留学してしまった。
語学の研修を受けてから音楽大学に編入して、本格的に作曲の勉強を始めるそうだ。

家族には秘密のまま話を進めていたらしく、想像していた以上に美琴さんは動揺していた。

「あの子が私から離れていくなんて、信じられない!」

母親がこうなるとわかっていたから、慎也さんは私に恋人のフリを頼んできたのだろう。

ただ困ったことに、美琴さんは大きな勘違いをしていた。恋人どころか、私たちが将来を約束しているように思い込んだのだ。
 
『のんびり屋の慎也には、明凛ちゃんみたいなしっかりしたお嬢さんがぴったりだわ』

『慎也が帰国するまで待っていてね』とまで言われたら、嘘をついていることが怖くなってしまった。

『夫の指揮するコンサートをぜひ聞きにきて』
『オペラ関係のパーティーがあるのよ。一緒に行きましょう』

圭一郎おじさんが指揮をする音楽会へ招待されたり、パーティーへ行きましょうとお声がかかる。
美琴さんの様子に困り果てているのは私だけではなく、河村家に仕えている父と母もだ。

「慎也君が急にいなくなったから、心が不安定になったらしい」
「寂しさを明凛で紛らわせているようなの」

美琴さんは長男で音楽の才能豊かな慎也さんを溺愛していたので、生きがいを失くしてしまったようだ。
ポッカリと空いてしまった心の穴を、私といることで埋めようとしているのかもしれない。

『明凛ちゃんは娘みたいなものだから』

そんなふうに音楽関係の人たちに紹介されてしまうと、どうしていいのかわからなくなってしまった。
相談したくて連絡しても、慎也さんからは『明凛ちゃんにまかせる』としか返事がない。



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