聖女、君子じゃございません
「お心遣い、痛み入ります」


 アーシュラ様の言葉に、殿下は満足そうに微笑む。


「なれど、わたくしは今しばらく、王宮の外で暮らしたいと思っております」


 それは、ここにいる誰にとっても予想外の返答だったのだろう。俄かに謁見の間がざわついた。


「何故です? 俺はあなたに最高の待遇をお約束しますよ。侍女も、服や宝石も、あなたの希望通りに用意させましょう」

「いえいえ、そんなもの、わたくしには必要ございません」


 先程よりも少しばかり砕けた口調。メッキが剥がれかけているなぁ等と思っていたら、アーシュラ様はクルリと唐突にこちらを向く。邪悪な笑み。ゲッと思うのも束の間、アーシュラ様は勢いよく俺の腕を掴んだ。


「わたくしは今しばらく、この者と一緒に国内を旅したいのです」

「…………は?」


 驚きのあまり、素っ頓狂な声が出る。


(旅? 俺と? 一体何のために?)


 呆気にとられた俺を余所に、国王陛下が穏やかに目を細めた。


「どうしてそう思うのか、理由を聞かせてくれるかな?」

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