聖女、君子じゃございません
「いひゃぃ……いひゃぃです、ローランしゃま」

「うるさい。少しは反省しろ」

「えーーーー? はんせいっていったいなにを――――」

「こら、ローラン。そんなことをしたら聖女殿に失礼だろう?」


 背後から聞こえた声音に、俺は急いで振り返る。そこには、眩い笑みを浮かべた王太子殿下が佇んでいた。
 頬から手を放してすぐに、アーシュラ様は俺の袖をクイッと引っ張る。身体がグッと引寄せられて、驚きの余り、ほんの少しだけ心臓が跳ねた。


『ローランさま、あの方なんてお名前でしたっけ?』


 声を潜め、アーシュラ様はそんなことを尋ねる。先程紹介があったはずだが、もう忘れてしまったらしい。


『アレクサンダー王太子殿下だ。粗相はしないでくださいよ?』


 囁き声でそう返すと、アーシュラ様は心得た、といったようにコクリと頷く。不安だ。物凄く不安。けれど、俺には見守ることしかできない。静かに一歩後ろへと下がった。

 
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