聖女、君子じゃございません
「聖女殿、先程はありがとうございました」


 殿下はアーシュラ様の前まで歩み寄ると、うっとりと目を細める。


(近い近い)


 二人の距離はほんの数センチほど。殿下は今にもアーシュラ様の手を握りそうな様相だ。見ているこちらの方がドギマギしてしまう。


「こちらこそ、ありがとうございます。初めての謁見で失礼をしたのではないかと、密かに心配しておりました」


 そう返しつつ、アーシュラ様はさり気なく一歩下がった。殿下との物理的距離がほんの少し確保出来て、ほっとする。完全に保護者気分だ。


「とんでもない。堂々とした佇まい、御見それしました。しかし、あんな短時間ではちっとも話し足らない。その上、数日後にはあなたは旅立ってしまわれます。どうでしょう? これから俺と一緒にお茶でも」


 殿下はそう言って、アーシュラ様の手を握った。外面の良いアーシュラ様のこと。きっと、嫋やかな天使のような笑みを浮かべているに違いない。

 けれど、殿下に握られていない方の手は、俺の騎士装束をグイグイ引っ張っている。殿下とお茶をするのは嫌らしい。『諦めろ』という気持ちを込めて、俺はその手を退けたが、それでも追いすがって来た。


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