聖女、君子じゃございません
「良かった、じゃありません」


 その時、アーシュラ様が消え入りそうな声でそう呟いた。
 見れば、彼女は恨めし気な表情で俺のことを睨みつけている。頬も唇も、リンゴのように真っ赤だった。
 先程初めて触れたアーシュラ様の唇の柔らかさを思い出し、俺はそっと顔を背ける。すると、それが癇に障ったようで、アーシュラ様は俺の腕をグイッと引いた。


「信じられない! あんな……あんな緊急事態に!」

「緊急事態だからこそ、でしょう? あのまま続けてたら、あなた倒れてましたよ?」


 ようやく分かって来たこと。それは、アーシュラ様は果てしなく自己管理が苦手だということだった。自分がどれだけ頑張れるのか、どこが限界なのかをちっとも把握していない。これから先も俺が管理してやらねば、いつか力を使い果たして倒れる、なんて事態になりかねない。


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