聖女、君子じゃございません
(そんな表情、しないでほしい)


 俺は馬鹿だから。聖人君子のようにはいられない。慰めたくなるし、考えていることとは真逆のことを言いそうになる。感情のままに、言葉を紡ぎたくなる。


「――――婚約を結んでも、結婚するのは六年後です。今のうちに交流を深めろ、と」


 両親の意図は自分でも正確に読み取れていると思う。言葉にすることで、現実と向き合おうと努力もしている。手の届かぬもの――――アーシュラ様への恋慕を断ち切り、騎士としてお仕えできるよう、心を無にして。


「でも……でもさっ、結婚なんてしたら、わたしと旅ができなくなっちゃうじゃん」


 アーシュラ様の声は震えていた。俯いているため顔は見えない。


「わたしっ……ローラン様を手放す気、ないよ? ずっとわたしの側に居てもらうもん。わたしがお婆ちゃん聖女になるまでずっと、一緒に旅して回るって決めてるんだからっ! 夫がそんな状態じゃ、その子も嫌だよ! わたしも嫌だよっ!」


 アーシュラ様が顔を上げた。頬が涙で濡れている。彼女が泣いているのを見るのはこれが初めてだった。いつも、いつだって笑顔の人だから。


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