聖女、君子じゃございません
 その時、広場の辺りが騒がしいことに気づいた。人が垣根状になって集まっている。風に乗って鉄の臭いがした。


「怪我人ですか⁉」


 アーシュラ様は早かった。人の波を掻き分け、中へと割り入っていく。
 見れば、人垣の中央に一人の男性が横たわっていた。血が流れている。重症のようだ。


「ウルスラ様っ!」 


 その時、倒れた男性の傍らにいた男が、アーシュラ様の姿を認め、声を上げた。


「ウルスラ様! 良かった……ようやくお会いできたっ」


 もう一人、反対側に控えていた男性が拝むようにして、アーシュラ様の手を握る。けれどその瞬間、アーシュラ様は顔を強張らせ、後ずさりした。


(ウルスラ……?)


 アーシュラ様の反応と、聞きなれぬ呼び名に顔を顰める。


「――――その名で呼ぶのはお止めください」


 至極真剣な表情で、アーシュラ様は怪我人へと向き合う。男性の顔を覗き込んだアーシュラ様は、その美しい顔を一瞬だけ歪めた。それから、何かに堪えるようにして大きく深呼吸をする。しばらくそうしていたかと思うと、ようやく怪我人へと手をかざした。綺麗な光りの粒が空へ向かって上っていく。怪我をした男性が小さな呻き声を上げた。


「ウル……スラ…………」


 微かに聞こえる呻き声。その瞬間、アーシュラ様は眉間にグッと皺を寄せる。胸が嫌な音を立てて鳴り響いていた。
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