聖女、君子じゃございません
(アーシュラ様が……?)


 アスベナガルというのは、国境に当たるこの街のすぐ隣に位置する国だ。
 武力を重んじる国柄で、喧嘩っ早く、文化や商業を重んじる我が国とはそりが合わない。侵略戦争が大好きな、野蛮な国。
 ここ最近は干ばつや水害、地震といった天災が相次ぎ、国力が削がれていると専らな噂だが――――。


「探したぞ、ウルスラ。さぁ、国に帰ろう! 父上も母上も、皆がおまえを待ってる。早く我が国を元の様に――――」

「馬鹿なことを仰らないでください」


 先程までと打って変わり、アーシュラ様は毅然とした態度で男の前に躍り出た。少しだけ声が震えている。宥めるように手を握ってやると、アーシュラ様は大きく深呼吸をした。


「探したですって? わたくしを国から追放したのはあなたの方じゃありませんか。偽物聖女の汚名を着せた上、あなたの恋人を苛めたなんていう謂れのない罪まで背負わせたこと、忘れてしまったのですか? 二度と戻ってくるなと言ったその口が、わたくしに向かって『帰ろう』と、そう言うのですか?」


 アーシュラ様は冷静な口調の中に、怒気を滲ませていた。顔は笑っているが、瞳がちっとも笑っていない。かえって怖い。けれど、そんなアーシュラ様の様子を意に介さず、男は豪快に笑った。


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