透明な君と、約束を
「で、どうだったよ」
昼休みから学校に来た颯真と部室に向かいながら、落ち込んでいる私に颯真が聞いてきた。
「わかるでしょ、手に持ってる物を見れば」
私の手には補講用のプリント。
この大きな紙一枚に書かれた問題に答えを埋めて明日まで提出しなければならない。
なのに今日は月に数回しか無い演劇レッスンの部活だ。
颯真は幽霊部員だが、今日は予定が無いから参加すると言って一緒に部室に向かっていた。
ちなみに颯真は小テストを受けていないので補講用のプリントを同じように渡されているが、英語の先生から笑顔でもらったあと、廊下に出た途端ぐしゃりと鞄の中につめてしまった。
恐らく颯真は仕事やレッスンで忙しかった、という理由で白紙提出しても許してもらえるだろう。
ここが学業の片手間でやっているモデルと、アイドルデビューも夢では無い位置にいる者との扱いの差だ、悲しいけれど。
芸能クラスのある建物の一番上の階は、一部が部活で使用するための部屋が並ぶ。
そこに向かう為階段を上りながらチラリと斜め後ろを見ると、鹿島さんがにこにことついてきていた。
今日は放課後演劇レッスンの部活があることを伝えると、行ったことが無いので参加すると言い出した。
もちろん幽霊なので参加は出来ない。
本人はただ野次馬のような気がするが。
「失礼します」
声をかけ引き戸になっているドアを開けると、既に数名が中で立ち話をしていた。
来ているのは同じ学年ではなく、先輩方。
そこに一人制服を着ていない、シャツにジーンズ姿の若い男性がいて、彼が振り向き私はその人に驚いた。
振り向いて笑顔を見せたのは私も知っている阿部裕一さん、今人気のミュージカル俳優だ。
甘いマスクにお茶目なキャラクター、歌と踊りも上手く、この頃は漫画やアニメをミュージカルにしたものが流行っていてそこでも引っ張りだこ。
うちの学校出身なのは知っていたが、確か今年二十歳くらいだったような。
「うわ!阿部さんじゃないですか!俺ファンなんです!!」
隣で颯真が阿部さんに走り寄り、彼の手を握りしめぶんぶんと握手した。
すぐさまどこが好きなのかを熱く話し出している様は、まるで大型犬が尻尾を振るようで微笑ましく見ていたら、
「裕一」
という小さな声が聞こえてつい振り向く。
そこにいた鹿島さんは目を見開いていたが段々と泣きそうな顔になった。
そんな顔のままじっと颯真と話す姿を見つめていて、もしかして知り合いなのだろうかと考えた。
年齢から考えて同じ学年かもしれない。