透明な君と、約束を
「それにしてもこんな不思議なことがあるなんて」
千世さんは紅茶を飲むと私に優しげな視線を向ける。
「渉ちゃんが亡くなって五年経ってしまうと、事故現場に手を合わせに来る人も減ってしまって。
最初の頃は凄かったのよ、祭壇が出来ててお花や飲み物とか山のようにあって。
もしかして知世さんが芸能界を目指しているのも渉ちゃんの影響?」
考えてみればそう思うのが自然かも知れない。
それに、そういうことにしておこうと既に頭の中で台本は出来ていた。
「そうですね、元々モデルになれたのは偶然なんですが、お兄ちゃんもモデルから俳優になったという事に尊敬や憧れがあるからだとは思います」
「知世さんも女優を目指しているの?」
「はい」
きっぱりと答えれば彼女は嬉しそうに、
「きっと渉ちゃんも喜んでいるわね、こんな可愛い妹みたいな子が自分に憧れてそういう世界に進むのだから」
と微笑んだ。
本来は嘘だ。
でも今は本当にそうなりかけている。
そんな私が憧れるお兄ちゃんはさっきからずっと同じ場所で立ったまま。
まるで千世さんに近づくのを恐れているようにすら思える。
きっと側に行って抱きしめたいに違いない。
私が鹿島さんの言葉をそのまま千世さんに伝えられればどんなに良いかと思うけれど、幽霊の見えない人からすればそんな話を信じられるわけが無い。
だから私に出来ることは、私の好きになった人がいかに貴女を好きなのかを伝えるだけ。
「よく、お兄ちゃんは千世さんの事を話していました。
凄く嬉しそうに話すから、子供ながらに二人は将来結婚するんだろうなって思っていたんです」
彼女が目を見開きそしてゆっくりと俯いていき、部屋の雰囲気が重くなるのが伝わる。
電話でも彼女自身そう思っていたと話していた。
いくら過去でも、結婚しているとしても、彼女には叶えたかった夢だっただろう。
「そうね、電話でも話したけどそう思ってた。
もう渉ちゃん以上に好きになれる人なんていない、そう思った。
泣いて泣いて、なのに涙は涸れたと思ったのにまた泣いて。
きっとこの後の人生は一人で生きていくんだってあの時は思っていたの。
でも現実は違った。
私は数年後には他の人と結婚し、その人との間に出来た息子がいる。
昔ならきっと考えられない。
だから渉ちゃんが心配して今の夫と出会わせたのかも、あの子はもしかしたら渉ちゃんの生まれ変わりかもしれない、なんて思えて」
「ふざけんなよ!!!!!」
突然の大声に思わず驚き思わず鹿島さんを見れば、怒りながらも泣きそうな顔で千世さんに叫んでいた。
それと同時に寝ていた赤ちゃんが大きな声を上げて泣き出す。
おそらく鹿島さんの声が赤ちゃんには聞こえたのではないだろうか。