透明な君と、約束を

「ちょっとごめんなさい、起きちゃったみたい」

千世さんは席を立ち、鹿島さんに気づくこと無くその横を通り過ぎ、赤ちゃんが泣き叫ぶベッドに近づく。
そんな千世さんに鹿島さんが必死に側で呼びかけている。

「俺の生まれ変わり?!俺はここにいるんだよ!
ずっとずっとお前が大切だったのに!
誰が他の男と結婚させようなんてするかよ!
俺だって千世と結婚するのに相応しい男になろうと頑張ったんだ!
だからドラマの最終回でプロポーズして、そしてきっと俺たちの間にだって可愛い子供が生まれてたはずだ!
俺だって・・・・・・!」

血を吐くように叫んでいる声に呼応するように、赤ちゃんの泣き声は酷くなる。
千世さんも困惑顔で暴れるように泣く赤ちゃんをあやしていた。

「どうしたのかしら。
さっきミルクあげてお腹も空いてないしおむつも汚れていないのに。
こんなに泣き叫ぶなんて事無いんだけど」

赤ちゃんは千世さんにあやされながらも、泣きながら小さな手を鹿島さんの方へ伸ばしているように見えた。
叫んだ後俯いたままの鹿島さんへ手を伸ばすように。
赤ちゃんなりに伝えようとしているのだろうか。
泣いて、手を伸ばして存在を千世さんに教えようとしているのなら。
見えていて、二人と話も出来る私はどうすれば。
私はその目の前にある光景に、耐えきれなくなってしまった。

「もしかしたら、ここにお兄ちゃんがいるのかもしれません」

えっ、と千世さんが私を見て、彼女の側にいる鹿島さんも驚いてこちらをみている。

「ほら、赤ちゃんが何か違う方向に手を伸ばしていませんか?
お兄ちゃんが来ていて、泣いているのをあやすのに失敗して困惑しているのかも知れないなって」

千世さんも赤ちゃんが不自然な方向に手を伸ばそうとしていることに気付いたようで、その手の先に視線を向ける。
そこには鹿島さんが立っている。
視線を上げた千世さん、視線を下げた鹿島さん、一瞬二人の視線が合わさったように思えた。

鹿島さんは黙っていたが、そっと自分に泣きながら手を伸ばす赤ちゃんのその小さな手を触る。
やはり赤ちゃんには彼が見えているのか手が触られたのがわかったようで、驚くこともなうピタリと泣き止むとじっと鹿島さんを見上げている。

「不思議。
あんなに泣いてたのに急に泣き止んでどこか一点をじっと見ている感じ。
子供には大人の見えない物が見えるなんて言うけどもしかしたら」
「はい。
子供って幽霊が見えやすいなんて言うので、おそらくお兄ちゃんを見ているんじゃ無いかと」

千世さんは自分の子の手を見ていたが、また視線を自分の目線より上げる。
おそらく昔の身長差を思い出しているのだろう。
それは再度鹿島さんと千世さんの視線が絡んで、今度こそ二人は見つめ合っているようだ。

ただそこを見つめる千世さんの視線はやはり見えてはいない以上さぐるようで、そしてそれを見つめ返す鹿島さんの目は悔しさに満ちていた。

「・・・・・・すみません、お手洗いお借りしてもいいですか?」
「え、えぇ。
玄関近くのドアだから。わかる?」

ハッとしたようにこちらを向いて私に答えた千世さんに、大丈夫ですと笑みを向けリビングを出た。
< 78 / 111 >

この作品をシェア

pagetop