透明な君と、約束を
局内に入り、スマートフォンで時間を確認すれば番組の集合時間まであと一時間くらいある。
何か食べておこうかな、買いに行こうかと考えていたら背後から女性に声をかけられその相手に驚く。
「さっき貴女の事務所のマネージャーさんから、四階の会議室に急いで来て欲しいと伝言受けたんですけど」
例のショートカットの女の子が、面倒だと言わんばかりの言い方で言ってきた。
そんなに私が嫌いなんだと思いながらも、ちゃんと教えてくれるのだから実はいい人なのだろうと自分に言い聞かせて礼を言う。
「ありがとうございます」
「会議室の場所わかりますか?」
「マネージャーに聞いてみます」
スマートフォンを鞄から取り出そうとしたらそれを手で遮られ驚く。
「忙しそうだしかなり怒っているようでしたよ。
それでまた場所聞くなんて、伝言受けた私に落ち度があったみたいになるのでやめてください」
「だけど」
「仕方が無いので場所には私が連れて行ってあげます」
仕方が無い、面倒だ、困る、そういう表情を彼女は一切隠しもしない。
しかし四階の会議室は一つしか無いのだろうか。
そもそもこのテレビ局も来たのは二度ほどでよくわからない。
連絡することを彼女が嫌がっているし、ここは従うことにした。
このテレビ局は新館と旧館がある。
新館が新しく建てられたもので、耐震の問題などから数年内に旧館は取り壊されるらしい。
四階にエレベーターで下りると、彼女は慣れたように旧館に繋がる通路に向かう。
なるほど、撮影は新館で、会議室などは旧館を使っているのか。
ショートヘアの彼女は連れて行くと言ってから一切口を開かない。
きっと話しかけても無視されそうだ。
私も黙ってついていたらようやく扉の前で立ち止まって指を指した。
「ここです」
四階旧館の行き止まり近くのドアを彼女は指さした。
廊下に窓は無く、天井のライトを減らしているのか通路はかなり薄暗い。
通路奥の壁には古くなった椅子や段ボールなどが無造作に積み重ねられている。
会議室のドアは磨りガラスすらも無い古びたドアで、私はなんでこんなところでと思いつつ彼女に礼を言ってドアを開けた。
突然手に持っていた鞄を引っ張られ、体勢が崩れたところを突き飛ばされた。
床に尻餅をつき見上げれば、勢いよくドアが閉まる。
ドアが閉まる際に、ショートヘアの彼女の鋭い目だけが光って見えた。
「え」
慌てて立ち上がりドアノブに手を掛けた。
外からは何かを引きずるような音とドアに何かがぶつかる音がする。
ドアノブは回るのに外向きに開くドアが全く開かない。
こういう場所は内鍵はあっても、外からかける必要は無い。
必死にドアを押すが、もしかして何かで塞がれているのではないだろうか。
誰かに助けを、と思ってスマートフォンを探そうとして気付いた。
「鞄が無い」
そうだ、さっき彼女にひったくられた。
ならこの部屋に何か無いかと見回せば、そこは元会議室だったのか机と椅子が何脚か端っこにあるだけ。
部屋に電話でもと思ったが、昔は電話があったのか電話線らしきものだけ壁にぶら下がっていた。
窓には年季の入った茶色っぽいカーテンがあり、そこをあけると少し先には新館の壁。
窓を開けて真下を覗けば大きな空調などの機械がある場所で、人が通る場所でも無ければ下に降りられる高さでも無い。