透明な君と、約束を
第五章 最初で最後のデート
事務所にはすぐに事の次第を報告した。
いつも冷静というか冷たいマネージャーも、流石に驚いたような声をして颯真の事務所に確認の電話をすると言って電話を切った。
家に帰ってもちろんこの事は両親には話さなかった。
きっとこんな話しをしてしまえば両親は芸能界を辞めるように言うだろう。
そもそも学業の傍らにやれているような仕事、むしろ辞めて勉強に専念して欲しいと思うに違いない。
そしてあの事件後少しして、颯真の事務所から私の事務所に経過の報告があり、再度颯真の事務所から謝罪があったそうだ。
電話でマネージャーから報告を受けた私は、両親には心配するから伝えないで欲しいと言った。
必死に隠しているのに事務所からそんな報告を受ければ、仕事を辞めさせるのは目に見えている。
マネージャーは内容が内容だから親に報告したいと再度言ってきたが、どうせ私が辞めてしまっても代わりはいくらでもいると言われているようで癪になった。
とにかく今回の件は私が巻き込まれたことを口外しない、親には言わない、それ以外は私の事務所と颯真の事務所で決めて構いませんとお願いすれば、マネージャーは渋々了承してくれた。
颯真は事件のあった夜遅くにも心配して連絡をくれた。
その後も連絡を取り合い、電話で颯真の方も全て大人達に対応を任せたことを知らされた。
大丈夫だと颯真は明るい声で言うが、話している内容を聞いておそらく彼女は事務所を辞めさせられただろうというのは想像できた。
その事で逆恨みとかまた変なことが起きないだろうかと心配する私に気付いたのか、颯真はプロがしっかり対応してくれているから安心して仕事をしろよと言ってくれた。
こういう時、本当に颯真って心強いなと実感する。
こんなにも頼れる男子に成長しているとは思っていなかったので見直したし、子供子供と颯真を思っていた自分を反省した。
むしろ不安でどうしようもなかったのは自分の方だ。
だがあの事件は怖かった出来事であったのと同時に、鹿島さんが物に触れなかった事実が怖い。
この頃鹿島さんは出てきてもぼんやりとしている事があり、その度に彼がふと透明になってしまう時がある。
出会った時は普通の生きている人と見間違えるくらいだったのに、段々向こうが透けるようになる回数は増えている。
おそらく鹿島さんもわかっているのだろう、そろそろ時間が無いことを。
千世さんに会ったあと時々メッセージをやりとりするようになったが、鹿島さんは穏やかな顔でそのメッセージを見るだけ。
恐らく段々千世さんへの思いが昇華されてきているから消えかかっているのだろう。
あとどれくらい一緒に居られるのか。
部屋に閉じ込められたとき、助けに来てくれたのが鹿島さんだとすぐにわかった。
呼び方で確信したけれど、姿は颯真なのに鹿島さんだと私には見えた。
好きな人にピンチに駆け付けてくれるほど嬉しいことは無い。
あの時、初めて鹿島さんに抱きしめられた。
伝わる体温に、どれだけ私は胸を締め付けられただろう。
どうしても、彼が生きていたのならと考えてしまう。
いつも撫でてくれる手に温かみを感じ、あの腕に私は腕を絡めることが出来るかも知れない。
美味しい物を笑って一緒に食べて、帰り道は手を繋いで。
そんなこと、考えたって無駄なのに。